最終決戦老人あり!


「ようこそ!しんいち王子。いや、今は勇者しんいちでしたかな?」
 男は笑顔で、四人の訪問者を迎えた。
 しかし彼らは、それに礼を言うでもなく、ただ男を睨み付けるだけである。
 なぜ、礼を述べないのか?いや、そうではない。今、まさに宿敵と最終決戦を迎えようとしている時、笑みを持って迎えた男の方が、かえって無気味なのである。
「……暗黒司祭ガルム」
 パーティーのリーダーである、勇者しんいちは静かに男の名前を呼ぶ。「ついに貴様を倒す時が来た。父と母を殺された夜の事、つい最近の事に思えるぜ」
「そうでしたな、私の立てた計画の最初の犠牲者は、あなたの御両親でした」
 ガルムは懐かしむように、そして時折笑みを浮かべながら言う。「しかし、恨み言はいけませんぞ。仮にも国の将来を背負っている人間が、私怨だけで動いてしまっては……」
「俺が私怨だけで動いたと思ってるのか!」
 しんいちは、彼の言葉を全て打ち消すような声で否定した。「確かに貴様の言う通り、仇である貴様を憎んでいる。しかし、貴様を倒しに来たのは、その理由だけじゃない」
「ほほー、違うと言うのですか?まさか人の為、世界の為、平和の為などと言う気ではないのでしょうね」
「それ以外の何がある。貴様の立てた計画を防ぐことが、それにつながるんだ」
「それでは、私のやろうとしていることは、人の為ではないと?」
「ふざけるなよ。暗黒神を復活させることが、人の為になると思ってるのか?」
「思ってます。人の為だけでなく、この世界の為でもあるのです。この世界にいる生物、それ全てが不要な物なのですから。暗黒神の復活とともに、世界はパラダイスになりますよ。生物のいない理想の世界に!」
「狂っている……」
 しんいちの後ろにいる女の子が呟いた。その呟きが聞こえたのか、ガルムは不機嫌な表情を見せる。しかし、すぐに笑顔になった。
「まあ、あなた達には分からないでしょう。しかし、すでに計画は終わっているのです」
「まさか……すでに暗黒神が……」
「その通り、この世界がどうなるのか、自分の目で確かめて欲しいですな。しかし、暗黒神が、あなた達をこのまま見逃しますかね」
 突然、彼らの居た広間が大きく揺れた。そして、轟音とともに奥の壁が崩れて行く。
「どうやら、お目覚めのようですね。我が敬愛し暗黒神、バズラーヌ!」
 ガルムが言った瞬間、闇の奥から二つの光が発せられる。それが暗黒神の目であることは、誰もが理解したことであった。

「君子さんや、飯はまだかの?」
 老人は、台所でテレビを見ている女性に声をかけた。しかし、彼女はそれに大した反応を見せず、ただ一言、
「さっき食べましたよ、おじいちゃん」
 彼女はテレビから目を離さず、いつものことのように答えた。
「そうだったかいの……?」
 老人は不満気な顔をしながら首を傾げる。しかし、彼女は老人を完全に無視。一心にテレビを見ているだけだった。
 断っておくが、彼女が老人にご飯を食べさせてない訳ではない。
 彼女の言う通り、つい一時間ほど前、この老人は彼女と一緒にご飯を食べたのである。
 要するにこの老人、ボケているのである。
 老人ボケといわれる痴呆症が、この老人に降りかかって、もうすぐ一年、家族にとっては、すでに日常に溶け込んでしまっている。
「やっぱり食べた覚えが無いんじゃが」
 老人はゆっくりしたテンポで訴える。しかし、テレビに奪われていた彼女の耳は、老人の言葉を彼女の頭に届けなかった。
 交渉に失敗した老人は、何やらブツブツいいながら居間である八畳和室へと戻った。
 居間では、老人の孫がテレビに向かっている。新しい興味を得た老人は、腹が空いたことも忘れ、少年の側に近づいて行った。
「いったい何を見ているのじゃ?慎一」
 老人は少年に話しかけた。しかし、少年も母親と同様、無視し続ける。
 老人はそれに全く気づかず、少年に話しかける。その内、老人は奇妙な物に気がついた。それは一つの箱であり、そこから伸びてる小さな箱を、少年は見もしないで押している。
「なんじゃ?これは」
 老人は不思議そうな顔で手を伸ばす。
「さわるな!」
 突然、少年は老人に向かって怒鳴った。
「なんじゃ慎一、突然驚かすな」
 老人は大声で非難する。しかし、少年は謝るどころか、逆に鬼にでも取り付かれたような形相で老人を睨んできた。
「驚かしたのはおじいちゃんだ!今、リセットボタンを押そうとしたろ」
「リセット?なんじゃそれは」
「ここにあるボタンのことだよ。これを押したら今までのゲームがパーに……とにかく向こうに行ってくれよ。もうすぐ、このゲームをクリアできるんだから」
 少年は、老人に理解できない専門用語をぶつけ、老人を居間の奥、テレビから一番離れた場所へ追いやった。
「全く、うちの家族ときたら……」
 老人は、何かをブツブツ言っていた。
 だが老人は、その内に先程の少年のひどい仕打ちすらも忘れてしまい、少年の後ろ姿と、そこから時折見せるテレビ画面を、ぼーっと見ることになったのである。

「くっ!」
 しんいちは舌打ちした。そして、目の前にいる暗黒神を睨み付ける。いや、正確には見上げると言ったほうが良いだろう。それほどに暗黒神の体は大きかったのである。
「くそっ!こんなデカブツ、どうやって相手すりゃいいんだ!」
「焦ってはいけません!暗黒神とは言え、一度は我々人間に倒されているのです。落ち着けば、何か活路が見い出せるはずです」
「しかし、前は二人の勇者がいたから……」
 しんいちは魔法使いロムナーに抗議する。
「勇者である王子が諦めてどうするのです!自分を……自分を信じるのです」
「そうです。弱気にならないでしんいち様!私も精一杯戦います」
 先程の女の子、光の司祭の後継者であるラトーエがしんいちを元気づけた。
「ぐちぐちやってる暇はねえ!暗黒神が復活した以上、こいつを倒す以外先がねえんだ。さっさとこいつを倒しちまおうぜ!」
 口は悪いが、弓矢を扱わせれば、右に出る者はいないと豪語している、狩人のトリオ。
 そう、仲間はいつでもしんいちを信頼している。そして、世界を暗黒に染めさせないために集まった仲間だ。
(彼らは俺を信じている。それなのに俺が俺を信じなくて、どうするんだ!)
 しんいちは仲間達をさっと見回すと、力強くうなずいた。
「ロムナーの言う通りだ。一度は人間が倒した暗黒神。俺達が負ける訳が無い。いくぞ!奴を倒し、平和な世界を取り戻すんだ!」
 しんいちの声に、三つの歓声が答えた。
 次の瞬間、待っていたかのように、暗黒神が炎を吐き、四人は慌てて飛び退いた。
「フフフ……お別れは済んだかね」
 どこからともなくガルムの声が聞こえてくる。「最後のお別れだろうから、バズラーヌ様に待ってもらったが、どうやらしびれを切らしてしまわれたようだ。そろそろバズラーヌ様の最初の生け贄になってもらおうか」
「やることやって、後は隠れて高みの見物か、ガルム!こいつを倒したらお前の番だぜ!」
「ほざくがいい!先の短い貴様らの命だ、せいぜいあがくがよいわ」
 ガルムが言うと、再び暗黒神は炎を吐く。
 こうして、最終決戦は始まったのである。

「ここは……どこじゃ?」
 老人は辺りを見回す。だが、右見ても左見ても上見ても下見ても……いや、下は床だったのだが。とにかく辺りは全て闇。自分のいる場所を理解させる要素は全く無かった。
「ワシは今まで何をしていたのかのう?」
 老人は声を出して自分に問う。だが、彼のしょぼれきった脳味噌は、答えを導き出すには至らなかった。
 そこに一つの助け船が入る。いや、実際は助け船になるとは限らないのだが……。
「あの光は……」
 老人は小さな光に気づく。突然光った訳ではない、前から光っていたものに、やっと老人が気づいたのだ。
 老人は目を細めてみる。もちろん、それで何が分かるわけでもない。老人は仕方なく、光りのある方へと歩き出した。
 近づくにつれ、光りは大きくなり、やがて一つの光景が目に入ってくる。その光景は、老人の興味を大きくそそった。
「おぬしら、何をしているのじゃ?」
 老人は近くにいた男に声をかける。
「見ての通り、矢を放とうとしてんだよ」
「矢を?ああ、なるほど」
 老人はポンッと手をたたく。「あんた達、狩りをしているのじゃな」
「あのな、こんな所で狩りをする訳が……」
「しかし、あんな変な生き物は見たことない。あんまりうまそうに思えんが……」
「誰が暗黒神を食うと言った!」
 トリオが老人に思いっきり突っ込む。ここで初めて、彼は突然現れた老人に不思議な目を向けた。「じいさん、あんた何者だ?」
「ワシか?ワシは……」
「トリオ!早く矢で牽制を……」
 突然、ラトーエが声をかけてくる。彼女はすぐに老人に気づいた。
「あら、この方は?」
「知らん。気が付いたら脇に立ってたんだ」
「脇に立ってたって……トリオ、気配を感じなかったのですか?」
「速い動きなら察知する自信があるんだが、どうも、ゆっくり近づいてきたらしくて」
「とにかく、おじいさんの方は私に任せて、早くしんいち様の補助に……」
「分かった。じゃあ、後は任せたぜ」
 トリオはしんいち達の方へ駆け出した。
「あんたは行かんでいいんかい?」
「ええ、しんいち様にかける防御魔法は唱え終わりましたから、とりあえずは……」
「慎一とな!」
 老人は突然驚きの声を上げる。「ここに慎一がおるのか?」
「あら、しんいち様を御存じなのですか?」
「御存じも何も、慎一はワシの孫じゃ!」
「孫って……あなたはしんいち様の……」
「いかにも!ワシャ、慎一のじいさんじゃ」
 老人はキッパリと言った。
「これは大変な事ですわ……」
 ラトーエが戸惑い顔になる。そこにロムナーが疲れた顔をして歩いて来た。
「ラトーエ殿、魔法の木ノ実を分けてはくれぬか?魔力の使い過ぎで、頭が割れそうだ」
「あら、ロムナー様も持ってましたよね」
「すでに全部使ってしまった。さすがは暗黒神、生半可な魔法では傷もつかぬのだ」
「分かりました。しかし私も、これからどれほどの魔法を唱えるか検討がつきませんし……半分でよろしければ」
「それで十分です。今度は、攻撃魔法は避けますから……ところでこの御老人は?」
 ロムナーは不思議そうな顔で老人を見る。
「そうです、すっかり忘れてましたわ!」
 ラトーエはパンッと手を叩く。「どうもこの方、しんいち様のお祖父様らしいのです」
「王子の?そんな馬鹿な」
 ロムナーはあからさまに否定する。「王子のお祖父様は、御高齢のため、すでにお亡くなりになっていますよ」
「しかしこの方は、確かにしんいち様のお祖父様だと言いましたわ」
「そう言われましても、王子はトゥセール王国の第一継承者ですぞ。血統はどこの人間よりもハッキリしてますし……」
 突然二人は声を低くする。もちろん、老人に聞かれないためである。
「それではこの方は……」
「たぶん狂言者だと思われますが」
「なぜそんな狂言を?」
「俗世的な話になりますが……たぶん王子の財産目当てではないかと」
「しかし、財産目当てなら、この戦いが終わった後でもいいのではないのですか?なにも、暗黒神の神殿まで来なくても……」
「しかし、他に考えつく理由が……」
 二人は沈黙する。そして、同時に老人を見ようと振り向いた。だが、すでに……。
「あら、お祖父様?」
「あそこです!」
 ロムナーは慌てた顔で、移動を開始している老人を指す。老人の向かっている方向、それは暗黒神と戦っている、しんいち達の場所であったのである。

「おお、若者よ。やっておるな」
 老人は満足げな顔でトリオに話しかけた。
 それと同時に矢が放たれる。矢はシュッと空気を震わせて、暗黒神の額に命中した。
「ご覧の通り絶好調だ!なんだじいさん、逃げたんじゃなかったのか?」
「誰が逃げるものか、敵前逃亡など、言語道断!軍法会議で間違いなく死刑になるぞ」
「へー、随分すごい軍隊だな。それは」
「その通り。だからこそ大日本帝国は無敵であり、鬼畜民族を震え上がらせたのじゃ」
「鬼畜民族?オーガのことか」
「オーガではない米軍兵のことじゃ」
「ベイ?そんな国あったかな……」
「こりゃ!戦いの途中にボーッとするな。口を動かしても良いが、手を休めるではない」
 老人は指揮官よろしく、声高らかに言う。
「分かってるよ、うるさいじいさんだな」
 トリオは渋々、背中の矢筒から光る矢を取り出した。「ところでじいさん。あんた、なんでこんな所に来たんだ?」
「こんな所とはどんな所なのじゃ」
「こんな所はこんな所だ!まさか知らねえでこんな所まで来たんじゃねえだろうな?」
「うーむ、それが良く思い出せんのじゃ」
「なんだ、その歳で記憶喪失か。それともボケ始めたのか?」
 トリオは冗談で言ったのだが、まさか本当に、ボケているとは思わなかっただろう。二人して大笑いする。
「なーにやってんだ、人が必死で暗黒神に切りかかっているのに」
 しんいちが疲れた顔で戻ってきた。「なんだ?このじいさんは」
「貴様こそ何者じゃい」
「こいつはトゥセール王国の王子様だよ」
 しんいちに変わって、トリオが答えた。
「王子?ああ、皇太子の事じゃな」
「コウタイシ?なんだそりゃ」
「皇太子は皇太子じゃ。天皇陛下の御敬息のことで……」
「あーっ、もういい!じいさんと話していると、頭がこんがらがっちまう」
 トリオは頭を掻きむしった。「じいさんを相手してる位なら、暗黒神と戦っていた方が、イラつかないだけ数段ましだぜ!」
「だったらちょうどいい。ここから離れた所で牽制してきてくれないか?」
 しんいちが表情を崩さずに言った。「俺もさすがにバテちまった。ラトーエに回復させて貰うから、その間だけ……」
「わかった。まあ、光の矢は尽きることがないから、ゆっくり回復して貰ってきな」
 そう言うと、トリオは暗黒神に向かって行った。後にしんいちと老人の二人が残る。
「さてと、今度はじいさんが話す番だ」
「話す?何をじゃ」
 老人はとぼける。しかも、本気でとぼけている所が、この老人の恐い所である。
「ふざけるなよ、じいさん」
「ワシはふざけとらんぞ」
「その態度がふざけてるってんだよ!いいから、さっさと素性を明かしやがれ」
「ふざけてるのは貴様の方じゃ。人の素性を訊く前に、まず自分の素性を明かさぬか」
「俺の素性は、トリオが言ったろうが!」
「トリオとは誰じゃ?」
「あいつだあいつ!あそこで弓引いてる奴」
「おお!あの若者がトリオというのか」
 老人は納得した顔をする。「で、お前さんは何者じゃ?」
「だーかーらー」
 しんいちが顔を引きつらせる。そこで老人はポンッと手を叩く。
「おお!思い出したぞ」
「思い出したか!」
「そうじゃ、おぬしは確か……」
 またもや老人は考え込む。
「王子だよ!トゥセール王国のお・う・じ」
「王子?ああ、皇太子の事……」
「そのパターンはやめろ」
「なんのことじゃ?」
 老人が首を傾げる。と、そこへ……。
「御老人!」
 ロムナーが老人にやっと追いついた。すぐ後ろにラトーエがついてきている。
「御老人、ここは危険です。安全な場所へ」
「何を言っておる!敵前逃亡など……」
「しかし、あなたがいると、我々が……」
「おい!ロムナー。このじいさんは……」
「おお、王子!だいぶお疲れのようで」
「軍法会議で間違いなく死刑に……」
「お祖父様!」
「おお!あんたは……」
「ラトーエです」
「そうじゃラトーエじゃ。覚えとるぞ」
「お祖父様は本当にしんいち様のお祖父様なのですか?」
「そうじゃ。ワシは慎一のじいさんじゃ。あんた慎一を知っておるのか?」
「ええ、一緒に旅をしていましたから」
「そうか一緒におったのか。慎一も隅におけなくなったの。で、慎一はどこに?」
「ここに」
 ラトーエがしんいちの肩に手を置いた。
「誰じゃこいつは?」
「ですから、しんいち様です」
「慎一はこんな変な顔はしとらんぞ」
「変な顔で悪かったな」
「御老人、それはあまりに失礼すぎますぞ」
「ロムナー、このじいさん何者なんだ?」
「私もよくは……。先程突然現れて、王子のお祖父様だと言っておりましたが」
「俺の肉親にこんなじいさんはいない!」
「ワシの肉親だって、金髪頭はおらんわい」
「御老人!今、なんとおっしゃいました?」
「だから、こいつはワシの孫ではない」
 再び、しばらくの沈黙。
「どういうことなのでしょう」
 ラトーエは当惑する。
「要するに……」
 ロムナーは頭を掻く仕草をする。「人違いだったということですな」
「ところで……」
 不意に老人の口が開く。「慎一はどこにおるのじゃ?」

「おかしい……なぜ、奴は倒れないんだ」
 しんいちは独り言のように呟いた。
「手応えはあったのですか?」
 回復魔法を唱え終わると、ラトーエが訊いてきた。
「あった!急所と思える部分に何度か剣を突き刺している。だが……」
「倒れる気配すらありませんね」
「そうなんだ」
「幻影……という訳でもなさそうですし」
「実体はある。しかし、回復が速いんだ。誰かが回復魔法を唱えているとしか思えない」
「……暗黒司祭ガルムですか」
「だと思うね。だが、奴の姿はない。確か、回復魔法というのは……」
「対象物に接触しないと働きません。たぶん魔法で消えているのでしょう」
「てことは、暗黒神の近くにガルムが?」
「いると思います」
「なんとか、魔法で奴の姿現わせないか?」
「……無理です。何と言っても、ここは暗黒神の神殿。魔力の働き方が違いすぎます」
「くそっ!どうすれば……」
 しんいちは顔をしかめる。そこに老人が近づいてきた。ラトーエが老人に気づく。
「あら、おじいさま。どうしました」
「ワシにも何かさせて欲しいのじゃが……」
「お気になさらないで。おじいさまはここに偶然迷い込んだのですから」
「じゃが、戦場で何もせんというのは……」
「じいさんの出る幕はねえ!足手纏いだ」
「足手纏いじゃと?」
 しんいちの八つ当たりを、老人は侮辱と受け取り、顔を真赤にさせる。
「そうだ。足手纏いはじっとしていろ」
「しんいち様、それは言い過ぎですよ」
「ワシをそのように思ってるとは……よーし、ならワシが役に立つと証明してやるわい!」
「フン、どうやって証明するんだよ?」
「老体とはいえ、貴様などに遅れを取らん!ワシがあいつを倒す」
 そう言うと、老人は側に突き刺さっていた、しんいちの剣を握り締める。
「おい、待てじいさん!いくら何でもそりゃ無理だ!それに、その剣は……」
 しんいちは止めようとするが、老人は聞く耳持たず。暗黒神に立ち向かうのであった。

「おや、じいさん。今度は何の用だ?」
 トリオが老人に声を掛ける。しかし、老人はトリオを無視し、暗黒神に向かって走る。
「おい、じいさんたら!」
 トリオは老人にもう一度声を掛ける。そして擦れ違い様、老人の持っている武器に気がついた。しんいちの剣、勇者しか扱えないとされている伝説の剣、光の剣である。
「おい!待てよじいさん!その剣は……」
 トリオが呼び止めている所に、しんいち達が後を追うように走ってきた。
「なんでじいさんがあの剣を持ってんだよ」
「勝手に持ってっちまったんだよ」
「なに言ってるんですか。しんいち様がおじいさまをけしかけたから……」
「とにかく、今はそんなこと言ってる場合じゃない。じいさんはともかく、剣を取り戻さないと……トリオ、あのじいさんを射れ!」
「ひでえこと言うな……それでも勇者か?」
「勇者だよ!いいから、早く!」
「分かったよ……ああ、だめだ。ロムナーがじいさんに走り寄ってる。ここじゃ無理だ」
「……仕方ない。みんな、じいさんを止めるのを手伝ってくれ。暗黒神は後回しだ!」
 しんいちが言うと、三人は再び、老人を追いかけ始めたのである。
「待っておれよ、ワシが日本の神風魂をとくと、見せてくれるわ」
 老人がブツブツ言いながら、走って行くと、突然前を塞ぐものがいた。ロムナーである。
「御老人!何をしようとしているのだ」
「どけ!ワシがあのデカブツを倒すのじゃ」
「戯言を……勝てる訳がありませぬ!」
「うるさい!どかぬとおぬしを切るぞ」
「無理です!第一、御老人にはその剣を振るうことすら……」
「この剣がどうしたんじゃ!」
 老人が軽く剣を振る。途端にしんいちが持った時同様、剣はまばゆい光を放ちだした。
「ば……馬鹿な」
 ロムナーが驚愕の声を漏らす。しかし、老人はその変化に気づくこともなく、呆然としているロムナーの脇を擦り抜けた。
「御老人……あなたはいったい……」
「今だ!トリオ」
「おう!」
 トリオが光の矢を放つ。狙いは老人の足の下。トリオはそんな無理なことでも、軽くやってのける実力があるのだ。見事地面に矢が刺さり、矢が老人の足に絡まった。
「わ、わ、うぎゃー!」
 この世のものとは思えない叫びを上げて、倒れる老人……そして、もう一人の男が叫び声を上げた。
 男は突然姿を現わした。右手に短剣を持ち、左手でザックリと斬れ、血が噴き出している脇腹を押さえている男……。
「ガルム!」
 四人が一斉に声を上げる。暗黒神を復活させ、影で暗黒神の回復をしていた男が、再び姿を現したのである。
「くう、老人と思って油断したわ」
 搾り出すようにして言う、「私の殺気を感じ、攻撃を避け、さらに私を斬るとは……」
 ガルムは苦々しく解説するが、もちろん偶然である。「だが、安心するなよ。バズラーヌ様は、ワシの助けなど必要なかったのだ。地獄で……待ってる……ぞ」
 ガルムはそのまま倒れ、息を引き取った。
 四人は呆然とその光景を見ていたが、次の瞬間、一斉に我に返る。暗黒神が炎を吐いてきたからだ。
「おじいさま!」
 ラトーエが声を上げる。炎はそれたが、依然、老人はガルムの近くで倒れている。
「全く、世話のかかるじいさんだ!」
 しんいちは舌打ちをする。「トリオ!ロムナー!暗黒神を牽制してくれ!ラトーエは俺と一緒に!じいさんを助けるぞ」
 しんいちは早口で指示を出すと、老人に向かって走り出す。ラトーエも後に続いた。
 だが暗黒神も、いつまでも牽制に気を取られる程馬鹿ではない。自分に近づいてくる二人の人間に気づき、炎を吐き出す。
 しんいち達はそれを軽いステップで避け、徐々に老人に近づいていった。
「じいさん!」
 しんいちが大声で叫んだ時、老人はムクリと起き上がる。
「ここは……どこじゃ?」
 老人が辺りを見回す。やがて、しんいち達が老人に追いつく。
「じいさん、無事だったか」
「……誰じゃ?おぬし」
「このジジイ!まだ余裕があるじゃねえか」
「ジジイとはなんじゃ!」
「話は後だ!早くその剣を……」
「剣?ワシはそんなもん持っとらんぞ」
「ふざけるな!その手に持ってる剣だよ」
「おや、本当だ。なぜワシは剣なんぞ……」
「いいから渡せ!」
「しかし、誰の物か分からん物を……」
「俺のだよ!正真正銘俺の剣」
「証拠はあるのか?」
「所有者が持つと光るんだよ」
「ワシが持ってても光っとるぞ」
「そ、それは……とにかく渡せ!」
「馬鹿者!証拠もないのに渡す訳にいくか」
「俺が俺の剣だって言ってるんだ。間違いあるかクソジジイ!」
 二人がもみ合っている所に、暗黒神が襲いかかってくる。
「しんいち様!危ない!」
「慎一……慎一はワシの孫じゃ!」
 老人がそう叫んだ時、光の剣が爆発を起こした。それは、爆風や熱を一切含まない、純粋なる光のみの爆発だったのである。

「起きて下さいな。風邪引きますよ」
 女性の声で、老人は目覚めた。老人は目を擦りながら辺りを見回す。そこには、いつもの居間の風景が広がっていた。
 側には、いつも見ている女性……。
「おお!君子さん」
 老人は感嘆の声を上げ、そして……、「飯……飯はまだかの?」
 いつもの台詞を言った。彼女は微笑む。
「ハイハイ、分かってますよ。もうすぐご飯が炊けますから、少し待ってて下さいね」
「そうか!もうすぐできるか!」
 老人は座ったまま小踊りする。すでに、老人の頭の中は夕食のことだけになり、前の記憶はほとんど失われていたのであった。
「さてと、今度は慎一を探さないと。全く、ゲームもつけっぱなしでどこ行ったのか」
 彼女はため息をついたのだった。
「もしもし、慎一だけど」
 慎一は電話器の前にいた。友達の家に電話をしているのである。
「貸してもらった奴……そう、あのゲーム。結構おもしろかったよ。……うん、さっきクリアしたばっかりだけどね」
 慎一は得意気に言った。
「エンディング?……うん悪くなかったけど……僕は最終決戦の方がおもしろかったな。突然、変なじいさんが出て来て……えっ?じいさんなんか出てこない?」
 慎一の顔色が変わる。
「だって、あのじいさんが二人目の勇者だったから、暗黒神を倒せたんだぜ。そう、聖なる光の爆発で……そんな馬鹿なって……嘘じゃないよ。本当にクリアしたんだから!」

(最終決戦老人あり!・終わり)










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