魔法の剣
(……見当たらないな)
彼は辺りをキョロキョロする。そして、もう一度手に持っていた紙に目を戻す。(ここら辺だって聞いたんだけどな……)
彼が難しい顔で立ち尽くしていると、
「お兄さんお兄さん」
親しげな口調で声をかけてくる者がいた。しかし、彼はその声を無視して、相変わらず持ってる紙とにらめっこしている。
「お兄さんってばぁ!」
なおもしつこく声をかけてくる。それでも彼は無視を続ける。
「お兄さ……」
「うるさい!ガキ!」
彼は突然、声の主に怒鳴りつける。突然怒鳴られた少年は、一瞬体をビクつかせた。そう。先程から彼にしつこく声をかけていたのは子供だったのである。
「な、なんだ。聞こえてたんだ。だったら返事くらいしてくれてもいいのに……」
「ガキを相手にしている暇はないの」
「こっちは用があるんだよ」
「用だと?何の用だ?」
「へっへー。これ買ってくんない?」
少年はそう言って掌にある物を見せる。そこには木ノ実が数個……
「……他を当たれ。俺は忙しいんだ」
彼はそれを一瞥するとそう言い放った。しかし少年もそれくらいでは引き下がらない。
「ちっちっ!甘いねお兄さん。これをそんじょそこらの木ノ実と思ってたら大間違い。一見何の変哲もないように見えるけど……」
「忙しいと言ったのが聞こえないのか?」
彼はそう言うと、凄味を利かせて少年を睨み付けた。しかし、少年にはあまり効き目はなかったようだ。それどころか突然閃いたような顔をすると、
「じゃあこうしよう!」
ポンと軽く手を叩く。「お兄さんの忙しい用が早くかたづくよう、僕も手伝うよ。だからその後で僕の話しを聞いておくれ」
「手伝うだと?ハッ!坊主に何ができる」
「こういうことができる」
少年が呟いた途端、一陣の風が二人の間を通り過ぎる。一瞬後、なぜか彼が持っていた紙は少年の手に移っていた。
「あ、こら、それは……」
「なになに、附与魔法の店『ランドー』か。
お兄さん。この店を探しているの?」
「……そんなこと、どうだっていいだろう」
「まあそう言わないで。いいこと教えてあげるから。お兄さんがどこでこのお店のこと知ったのか知らないけど、ここでただ立ってるだけじゃ、この店は絶対見つからないよ。といっても、住所が違ってる訳じゃないんだ。本当はここに存在してるんだけど、普段は人には見えないようになってて……」
「何を馬鹿馬鹿しいことを……」
「ふうん。だったら、どうしてお兄さんはこのお店に行きたがってるんだい?一般的に馬鹿馬鹿しいと思われてる魔法の店なんかに」
「それは……」
「ま、それはさておき。この店に行きたかったら僕の言うことを聞くんだね。じゃないと永遠にこの店は見つからないよ」
「……分かった。こっちも、いい加減見つからなくてイライラしてたんだ。藁にもすがる気持ちで言うことを聞いてやる」
「何か引っかかる言い方だな……ところで、さっきの約束忘れないでよ」
「約束?ああ、さっきの木ノ実のことか。分かった。気に入ったら買ってやるよ」
「OKそれでは」
少年は小さく頷くと、軽く右手を上げてこう叫ぶ。「開け!異界への扉」
次の瞬間、目の前の風景が真っ二つに割れる。そこへ少年は彼の手を取り、割れ目へと引っ張り込んだ。しばらくすると、割れた風景が元に戻る。そしてその場所は、先程と変わらない風景を取り戻したのである。二人の人間がいなくなったことを除いて……。
「……ここは」
彼は呆然と辺りを見回した。彼が呆然とするのは無理もない。彼が覚えているのは、少年が右手を上げたところまで、その一瞬後、見知らぬ家の中に立っていたのだから。「ここは……どこだ?」
「ここが附与魔法の店『ランドー』だよ」
少年は彼をからかうような口調で答えた。
「坊主……いったいこれは?」
「何が起こったかは説明しないよ。どうせ解りっこないんだ」
「それはそうだが。しかし……」
「まあ安心しなよ。ここがどんな所だって、お兄さんが探していた附与魔法の店『ランドー』であることは変わらないんだから」
「……分かった。ところで、店にしては随分寂しくないか?ここにあるのはテーブルと椅子が二つだけだ。それにこの店の人は……」
「この店に物は必要ないんだ。必要なのはお客が持ってくる魔法を付与させる品々だからね。そして……」
少年は近くにあった椅子に座る。「僕がこの店『ランドー』の主人って訳。じゃあ早速御用件を承りましょうか?」
「実はだな……」
彼も椅子に座ると、何事もなく用件を話そうとする。これには逆に少年を驚かせた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「どうした?」
「どうしたもこうしたも……驚かないの?実は僕がこの店の主人だと知って」
「それで何か変わるか?」
「へっ?」
「何も変わらんだろう?」
「うん……まあね」
「じゃあ驚いても仕方ない」
「そりゃそうだけど……」
「実際、こんな訳のわからん所に、いきなり連れてこられたんだ。今更店の主人が坊主だと言われても信じる以外ないだろうが」
「なるほど……まあ、説明する手間が省けていいか」
「そういうことだ。で、まあ要件と言うのはこの剣のことだ」
彼はそう言うと、腰につけてた剣をテーブルに置いた。「ま、いわゆる普通の剣だ。それなりに切れ味もある」
「フム。確かに悪くない。技術があれば小さな岩くらいなら真っ二つにできそうだね」
「一応、特注品だからな」
「その特注品である剣に、僕の魔法を付与させたいと?」
「そういうことだ」
「OK。やりましょう。それで、どんな剣にしたいんだい?火を吹く剣?雷を呼ぶ剣?自意識を持った剣?それとも……」
「作って欲しいのは、どんな物でも……」
「切れる剣?」
「いや、切れない剣だ」
次の瞬間、二人に沈黙が訪れる。
「……今、なんて言った?」
「どんな物でも切れない剣にしてくれ」
「……悪いけど他当たって」
「なぜ?」
「そのセリフこっちが吐きたいくらいだ。何が悲しくて切れない剣を作らなくちゃいけないの?そんなの刃先が切れないように研いじゃえば終わりじゃないか。そういうのは研磨師の仕事だ。僕の仕事じゃない」
「ああ、なるほど。悪かった。どうやら言い方が悪かったようだな。俺が作って欲しいのはそんな模造剣じゃないんだ。なんていったらいいのかな……つまり、人の体を貫いても傷一つつかない剣なんだが……分かるか?」
「なんとなく……それで、どういう使い方をする気なんだい?」
「話さなきゃ駄目か?」
「駄目じゃないけど。目的と違った剣を作ることになるかも知れないよ」
「そうか……」
「訳あり?」
「ん?まあな……でも、仕方ないか。分かった話そう」
彼はそう言うと一つ咳をした。「実は、明日の正午。俺は闘技場で試合をする」
「ああ、あの毎年開かれる、優勝しても富と名誉しか得られない試合ね。お兄さんも参加してたんだ」
「まあな。ちなみに明日は決勝だ」
「決勝?それじゃ明日勝ったら優勝だね」
「その通り」
「なるほど。剣に魔法かけてでも勝ちたいのは分からないでもないな。あれ?じゃあなんで切れない剣なんか?」
「正直に話そう。俺は優勝したくないんだ」
「優勝したくない?嘘でしょう。どこの世界に富と名誉を得たいために参加したのに、優勝したくないなんて言う人間がいるんだい」
「少なくともここにいる」
「信用できないね」
「ではこう言えば信用するか?俺は優勝商品より、準優勝商品の方がいいからだ」
「準優勝商品……というと?」
「金貨五百枚と軍第二隊長優遇だ。ちなみに優勝は金貨千枚と軍親衛隊隊長補佐優遇。更にこの国の王女との交際権」
「どう見ても優勝商品のほうが……あっ!もしかして最後の……」
「そう、それ。王女との交際権だ」
「フム。ねえ、お兄さん。王女様って……」
「なんだ?」
「ブスなの?」
「知るかそんなこと!」
「で、でも交際したくないんでしょう?」
「ブスだから交際したくない訳じゃない。だいたい王女の顔なんて見たことすらない。俺が優勝したくないのは……」
「他に付き合ってる人がいると」
「その通り。よく分かったな……という程でもないか。とにかくそう言うことなんだ。だからといって試合中、手を抜く訳にもいかないし、間違って勝つ訳にもいかない」
「それで切れない剣という訳ね。分かった作りましょう」
「そう言ってもらうと助かる。で、期間と金はどれくらいかかる?」
「お金は金貨五十枚でいいよ。期間はそうだな……やろうと思えばすぐできるけど、魔力の載り具合とか考えるなら明朝ぐらいかな」
「明朝か……」
「どうする?」
「分かった。明朝でいい」
「商談成立だね。じゃあ、明日の朝またここに来てということで……この話はおしまい」
「まだ何かあるのか?」
「忘れちゃ駄目だよ」
少年はニッと笑うと、おもむろに掌の木ノ実を見せた。「ここに取り出しましたる、一見何の変哲もない木ノ実。ところが……」
「これがその剣か……」
彼はそう言って少年の持ってきた剣をしげしげと見た。「前と全然変わってないように見えるんだけど……」
「見た目は変わってないように見えるけど」
突然、少年は信じられないような力で彼の胸に剣を突き刺した。次の瞬間、鈍い金属音とともに彼の来ていた鎧に穴が開く。「とまあ、こんなもんだ」
「ぼ……坊主突然何を……あっ、あれ?」
彼は自分の胸に手を当てた。しかし、すぐに体の状態に気づく。「痛くない」
「そういうこと」
「で、でも鎧に穴が……」
「あのあと考えて見たんだ。お兄さんはどんなものでも切れない剣って頼んだけど、そんな剣で戦ったら、この剣が普通じゃないってことが一発でばれちゃうんじゃないかって。だから少しアレンジした訳だ」
「それがこの剣か?」
「そう。どんなものでも切れない剣じゃなくって、生物だけが切れない剣にしたんだ。だから鎧はもちろん、盾だって切れる。当然、金属音も鳴り響くから誰もお兄さんが持ってる剣が変だってことは気づかないと思うよ」
「なるほど……気に入った!」
「そう言ってもらえると僕もうれしい」
「これで今日の試合はもらったな」
「そうだね。立派に負けておいで」
「あ、ああそうだったな。任せとけ。立派に負けてくるさ」
そう言うと、彼は少年に金を渡し、闘技場へと向かった。少年はしばらく彼を見送っていたが、突然不適な笑いを見せるとボソリと小さく呟いた。
「あのお兄さん、本当に負けて来るつもりなのかね?」
「やっぱりね」
少年は壁に貼ってある新聞を見て呟いた。次の日の新聞には、彼が闘技大会で相手を殺すという幕切れで優勝したという記事が一面を飾っていた。(あんまり予想通りだったんで笑っちゃうね。でも、腑に落ちないな。なんでお兄さんは芝居を打ってまで、僕にこんなまわりくどい剣を作らせたんだろう)
少年はしばらくの間、その場でじっとしていたが、やがて一陣の風が少年の姿をその場から消したのであった。
「というわけで、理由を聞きに来たよ」
少年は何事もなかったかのように、彼の前に姿を現わした。そこが衛兵の見張りの厳しい王宮の客間であったにも関わらず……
「よう。坊主か」
彼は半分酔っているのか、にやけ顔で少年を迎えた。もちろん衛兵を呼ぶ気配はない。
「そろそろ来るんじゃないかと思ってたよ」
「普通は、お金を貰った客には会わないようにしてるんだけどね」
「会わなきゃならない用事ができた訳だ」
「別にそれほどの用でもないんだけどね。そうそう、別に優勝したから金を倍払えなんて言うつもりはないから安心していいよ」
「こっちだって払うつもりはないさ。まあ、だいたい坊主の用事の見当はついてるよ。なんで俺が、坊主を騙して作らせた剣で優勝したのか聞きたいんだろ?」
「話が早いねその通りだよ。それでどうなんだい?優勝するために剣に魔法を付与してくれといったら、僕が断ると思ったのかい?」
「最初はそれもあった。でも、あの時は違うな。少なくとも坊主は私情と商売は切り放して考えてるみたいだから、例えそう言っても付与してくれてたと思ってるよ」
「じゃあ、なぜまわりくどいことを?」
「まわりくどかったか?」
「相手の剣と僕が作った剣をすり替えるなんて、行為も演出もまわりくどいね」
「そうだな。その通りだ」
「その理由は?」
「理由?理由は簡単。必ず勝つためだ。ただ勝つだけじゃないぞ。全力を出しきったような演出をしなくてはならない。じゃないと、八百長をしてるのがバレるからな。だからといって、真剣勝負をする気はない。更にその上で勝つなんてこともな。どうすればそれができるか?」
「相手に、切れない幻の剣を持たせるという訳だね」
「その通り。実際、坊主の作った剣は傑作だった。生き物以外の物は切れるもんだから、相手の剣と俺の防具の当たる音がガンガン響いたし衝撃だって伝わってきた。そして最後の一撃……奴も決死の一撃だったのだろう。普通の剣なら俺の胸を貫いていたな。しかし奴の剣は……」
「つまり観衆は最後までどちらが勝つか分からない試合を見たと思ってる訳だね」
「そういうことだ。つまり、俺が八百長をしていることを知っているのは坊主と、最後の一撃を放った相手だけってことさ」
「だから、殺したんだ」
「仕掛けをばらされないためには仕方のないことだ。もちろん、その後で剣を調べることになった。しかし生き物以外は切れる剣だ。俺の盾や鎧についた無数の傷が、そんな嫌疑を拭い去ってくれたけどな。さて俺の話は終わりだ。どうするつもりだ?俺を殺すか?」
「まさか。こんなかよわい少年が、闘技大会を優勝したお兄さんに楯突く訳ないに決まってるよ。だいたい、仮にそんなことができても僕には一銭の徳にもならないしね」
そう言うと、少年は肩をすくめる。「もちろん、さっきの話をばらすつもりもないよ。いまさら子供一人が喚いた所でどうなる問題じゃないし、八百長がばれたら僕にだって罪が及ぶことになるんだからね」
「よく分かってるじゃないか」
「お兄さんもそれを見越して全部暴露したんでしょう?」
「全く。坊主にはかなわんな。その通りだ」
「OK。それさえ聞ければ充分だよ。僕は真実を聞きに来ただけなんだから。……あっそうそう。お兄さん」
「なんだ?」
「一つ言い忘れてたよ。優勝おめでとう」
少年がフッと笑うと、突然部屋の中に一陣の風が吹く。そして次の瞬間、彼の姿は跡形もなく消えていたのである。
(……見当たらないわね)
彼女は辺りをキョロキョロする。そして、もう一度手に持っていた紙に目を戻す。(ここら辺だって聞いたのに……)
彼女が不安げな顔で立ち尽くしていると、
「お姉さんお姉さん」
親しげな口調で声をかけてくる者がいた。
彼女が振り向くと一人の少年がポツンと立っている。「何かしら坊や」
「実は買って欲しい物があるんだけど」
「ごめんなさい。今、坊やと商談する気分じゃないの」
「ふーん。なんで?」
「それはちょっと……そうだ坊や。この辺り詳しい?」
「詳しいけど」
「じゃあ、このお店知ってるかな。『ランドー』っていう附与魔法のお店なんだけど」
「附与魔法の店?知ってる知ってる。知ってるけどそのかわり」
「分かったわ……で、どんな物を売ってくれるのかしら?」
「話が早いねお姉さん。それではここに取り出しましたる、一見何の変哲もない木ノ実。ところが……」
「うまくいったんだ」
少年は壁に貼ってある新聞を見て呟いた。次の日の新聞には、闘技大会で優勝した男が人通りの激しい路地で謎の死を遂げたという記事が一面を飾っていた。(謎の死なんて書かれると、誇りに感じちゃうね。その謎の死因に一役買った者としてはね)
「なかなか手際が良かったみたいだね」
そう言って少年が後ろを向く。そこには先程から一人の女性が立っていた。
「いつから気づいてたの?」
彼女は少年に軽い笑みを向けた。
「いつでもいいよ。過去は振り返らない主義なんだ」
「フフ……おもしろい坊やね。こんな坊やがあんな恐ろしい小剣を作ったとは、今でも信じられないわ」
「僕は小剣を作った覚えはないよ。僕は小剣に魔法を付与させただけさ」
「何にしてもあなたには感謝してるわ。私の思い通りになる物を与えてくれたんだから」
「殺人用の小剣を欲してたとは思わなかったけどね」
「嘘ね」
「嘘じゃないよ」
「じゃあ一つ訊いていい?」
「なんなりと」
「昨日坊やが渡してくれた小剣、私が注文した物と違ってたみたいだけど、どうして?」
「違ってたかい?」
「ハッキリ言って全くの別物ね。私が頼んだのはどんな物でも切れる剣。でも坊やが作ったのは生き物しか切れない剣。しかも坊やの作った剣の方が、私の望みに合っているわ。体に纏っていた服や鎧には傷一つつかない、生き物以外は斬る抵抗が全くない、速やかに殺人を犯すのに最適な剣ですもの」
「なるほど。でも、それは偶然。僕がただ単に聞き間違っただけさ」
「そうね。そういうことにしときましょう。私もこれ以上詮索する気もないし……」
「じゃあ、今度は僕が訊いてもいいかな」
「いいわよ」
「なんであの男を殺したんだい?」
「どうしてだと思う?」
「そうだなあ……ありがちな所で、決勝で殺された男の肉親。兄か弟の敵討ち」
「他には?」
「他に?そういえば王女との交際権ってのがあったな。分かった。お姉さんあの男に捨てられたんだね」
「どうかしらね。ところで、私はその質問に答える義務があるのかしら?」
「別にないよ。僕は今以上詮索する気もないし、知ったから何かするって訳でもないし。要はお姉さんが話したいかどうかの問題」
「そうね……その通りよ」
「でも、次の質問にはぜひ答えて欲しいな」
「次の質問?」
「お姉さんここに何しに来たの?お礼しに来ただけじゃないんでしょ?」
「分かる?」
「顔が真剣だもの。いやでも分かるよ。で、何しに来たの?もしかして口封じのために僕を殺しに来たとか……」
「まさか。この上罪を重ねる気はないわ。ここに来たのは次の仕事の依頼をするためよ」
彼女は小剣を取り出して見せた。「この剣の魔法を解いて欲しいの」
「なるほど。証拠隠滅だね」
「そうよ。あなたにまで罪が及ばないようにするためにね」
「へっ?」
「私、これから自首することにしたの。本当は彼を殺した所で捕まるつもりだったんだけど……逃げられると分かってると駄目ね。思わずその場から離れてたわ。でも私は、このまま黙ってる訳には……」
「僕に言ってもしょうがないよ」
「そうね。こんなことあなたに話してもしょうがないわね。とにかく私の最後の依頼引き受けてね。お金は前と同じだけ払うわ」
そう言うと、彼女は金の入った袋と小剣を少年に手渡した。「よろしくね」
「はいはい。お金を貰った以上、仕事はちゃんとやっとくよ」
「それを聞いて安心したわ。じゃあ、私はそろそろ行くね」
「いってらっしゃい。お元気で」
「それ、自首しに行く女に言うセリフじゃないと思うわ」
「気にしない気にしない」
「……坊やが最初に訊いた質問ね」
「えっ?」
「両方共なんだ。じゃあね!」
彼女は軽く微笑むと、少年の前から去っていった。残された少年はしばらくボーッと立っていたが……
「なるほど。両方だったのか……」
ポツリと呟く。そして手に持っていた小剣に向かって『解除』と言うと、小剣から一筋の光が抜けていった。「これで今回の依頼はおしまいと。しかし僕の魔法も、八百長試合だ敵討ちだとみみっちいことにしか使われないね。もうちょっと派手な依頼が来ないもんかな。例えば……」
言いかけて少年はため息をつく。(こんな愚痴言っててもしょうがないか。気長に待ってればそんな依頼もそのうち来るでしょう。とにかく今日は気分も乗らないし……)
「開け!異界への扉」
少年は叫ぶと、次の瞬間、目の前の風景が真っ二つに割れた。「今日はこれで店仕舞いだね。さあ寝よ寝よ」
そう言って少年は、割れ目に飛び込む。しばらくすると、割れた風景が元に戻った。そしてその場所は、先程と変わらない風景を取り戻したのである。少年がいなくなったことを除いて……。
(魔法の剣・終わり)
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