警察スライム石川の生活
「さあ、おとなしくしなさい」
彼女は不適な笑みを投げかける。
「ニャー!ニャー!」
投げかけられた猫の方は激しく抗議する。それもそのはず、どんな温和な動物でも両前足後足、鉄鎖で拘束されていて大人しくしていろと言う方が無理である。
「大丈夫痛くしないから。もうすぐ新しい世界が開けるわよ」
「フギャー!」
「そう。あなたも嬉しいのね。私もよ」
「フギャギャギャ……」
大きく頭を振ってそれを否定するが、そんな抗議通じるはずもなく……
「じゃあ、そろそろ……」
彼女が大きく両手を上げた瞬間。
「待て!」
天の助けか地の助けか。大きな叫びを上げて彼女の行動を止める者が現れた。「貴様の悪行もそこまでだ。魔女フレイア」
「……何よあんた、人の家にノックもなしに入ってきて。空き巣ならも少ししずかにね」
「あ……空き巣じゃない!俺は警察の者だ」
「警察?警察が何の用よ?」
「そんなの自分の胸に訊いて見ろ」
「自分の胸ったって……」
「……最近、ペットの犬や猫がスライムになると言う奇妙な事件があってな」
「ふーん……不気味な話ね」
「それで、ここからスライムが発生しているとか言う話を聞きつけてだな」
「ここが?どうしてかしら?」
「……それは何だ」
「それってどれよ」
「その拘束されてる猫だ」
「これ?これは人間のペットになり果てている、哀れな下等生物でしかないこの子を、今から究極の生物に変えてあげようとしているのよ」
「スライムにか?」
「失礼ね。知能はそのままに、丸くぽっちゃりとした、水玉の形を取ったゼリー質のかわいい生物によ」
「そういうスライムという生物に変えられている事件なのだが……」
「あっ、そうなの。……って、もしかして私が犯人?」
「もしかしなくてもお前が犯人だ」
「そんな……私はよかれと思ってしたことなのに……」
「飼い主の承諾を得ずにか?」
「そうよ」
「なぜ?」
「突然の方が、その飼い主の喜びも一塩なんじゃないかと……」
「……とにかく大人しくお縄につけ。そうすれば御上も慈悲をくれるかもしれん」
「いやよ、私は悪いことしたなんて思ってないもの。飼い主達だって、あの子達を見てきっと……」
「気味悪がっている」
「そんな……その人達、美的感覚狂ってるんじゃないの?」
「貴様に美的云々言われてもしょうがない。とにかく……」
彼は腰に携えた警棒を抜く。「抵抗するようなら、力ずくでも連行させてもらうぞ」
「べーっだ!そんな脅し乗らないもんね。捕まえられるものなら捕まえてみなさい」
「ならば!」
そう言うと、彼は警棒を振りかぶって彼女に突っ込む。しょせん小娘。こうやって脅せば、身構えて動きを止めるだろうと思っているのだ。しかし、意に反して彼女はフッと笑みを浮かべると、そこから姿を消す。目標を失った彼は、そのまま猫が乗っているテーブルに突っ伏してしまう。
「くそ!どこに……」
「ここよ」
彼女の声は彼の頭上から。彼女は両手を大きく上げている。「もう儀式は済んでるのよね。あとは……」
「う……うわぁぁぁぁ!」
彼の声が町中に響き渡るのは、その直後であった。
「で……」
男は、頭を押さえるような仕草を見せる。「桂木君が現場に行ってみると、これがいたという訳だね」
「はい……そうです」
涼子はそう答えると、
「これとは何だこれとは」
机の上で佇んでいる、丸くぽっちゃりとした、水玉の形を取ったゼリー質のかわいい生物が、憮然とした口調で言い放つ。
「で、これが石川だと言うのね」
「そうです」
「その根拠は?」
「根拠ですか……まず、これを見つける前、石川君が魔女との噂も高いフレイアという女性に目を付けていたこと。そのフレイアの屋敷に私が様子を見に行ったら、ちょうど男の悲鳴が聞こえてきたこと。そこに踏み込んでみると、石川君の物らしい制服と手帳が落ちていたこと。その上にこのスライムが乗っていたこと。そして更に……ねえ、石川君」
「なんだよ涼子」
「なぜ、あなたが石川君だといえるの?」
「俺が俺だと言ってるからだ。なにを当たり前のことを」
「……このように、このスライムがいかにも石川君らしい答えを返してくる所です」
「……分かった。一応こいつを石川と判断しよう」
「やっと、信じてくれたか」
スライム……いや、石川はやれやれと言った表情を見せる。
「では、石川の捜索は申請しないが、これからどうするのだ」
「もちろん、フレイアなる人物の捜索も続けます。けどその前に、まず石川君をどうにかしないと」
「元に戻すあてはあるのか?」
「まあ……なるようにはなるとは思いますけど」
「分かった。この件は全て、石川のパートナーである君に任せよう。片付き次第、報告にくるように」
そう言うと男は部屋から出て行く。「ふぅ……やれやれと」
「おい、涼子」
涼子が息をつくと同時に、水色ゼリーの体を持つ石川が声を掛けてきた。「部長にあんなこと言ってたけど、本当に大丈夫なんだろうな」
「なんのこと」
「とぼけるな。本当に俺を、元の体に戻せるかって訊いているんだよ」
「さあね」
「さあねってな!」
「私はなるようになると言っただけ。別に元の体に戻すとは言ってないわ」
「じゃあ……」
「まあ、他にも道はあるってことよ」
「他にもって……おい!」
「まあ、とにかくそれらしい資料は、一通り揃えてみたわ。見てみる?」
涼子はそう言うと、数冊の本を取り出し、それを石川が上から乗るようにして見るようにさせる。
「なになに『できる!変身魔法』『呪いの解き方123』『呪術の世界』……なんだよこれは?」
「だからそれらしき資料よ」
「帯の上に『子供ブックス』とか書いてあるぞ?」
「書いてるわね」
「ふざけるな!何処の世界に、子供向けの本を資料にする警察があるんだ?」
「そんなこと言っても……」
涼子は憮然とした表情を見せる。「魔法に関するものなんて、特にその方法なんてまじめに細かく書いてあるの、その年齢層の本でないとないのよ」
「確かに、魔法なんて特殊なもの、俺だってこんな姿になるまで、信じられなかったよ。だからって……」
「まあとにかく、藁にもすがるつもりで行きましょう」
「……仕方ねえな。なんでもいいから、ちゃんと元に戻してくれよ」
「任せなさいって」
涼子はそう言うものの、いまいち信頼しきれない石川であった。
「後はここに、『解呪』と書いた札を貼り付けてっと」
そういうと、涼子は石川の額とおぼしき場所へ札を貼り付ける。
「……で?」
しばらくして石川が訊く。「その後は?」
「これで終わりだけど」
「変化ないぞ」
「変化ないわね」
「変化ないわねですむかー!」
石川が叫ぶと、お札がペロンと剥がれる。
「あーあっ……やっと張り付けたのに。こうぷよぷよしてたら、のりなんてほとんど役に立たないものね」
「役に立たないのは、この札だ!大体、マジックで『解呪』と書いた紙に、効力なんかある訳ないだろうが!……とにかく、この方法はダメだ。もう少し積極性のある方法で行こう」
「積極性のある方法と言ってもね……」
涼子が渋い顔のまま、本のページを捲っていると……
「おい、涼子あれ」
「何よ?」
「お前の机の上に、もう一冊本があるみたいだが……」
「ああ、あれ?あれはどうしようもなくなった時、最後の手段にとっておいたやつよ」
「なんだ?別の魔法に関する本か?」
「いや、そうじゃなくて……」
そう言うと、涼子は『スライムの生活』という本を、石川の前に差し出す。「こういう本よ」
「……どういう意味だ?」
「そのものズバリ。スライムの生体を記した本よ」
「それってまさか……」
「そのまさかよ」
「さっき言ってたもう一つの道か?」
「その通り」
「つまり」
「石川君には、このままスライムとして生活してもらうってこと」
「ちょっと待て!」
石川はすかさず突っ込む「いい加減にしろよ。俺にこのままでいろだなんて……大体、警察官でなく、警察スライムだなんて聞いたことがない」
「警察官と言うより、警察犬と言った方が違いがわかりやすくない?」
「どっちにしろ、そんなのない!」
「これから作るんじゃない。良かったわね警察スライム第一号よ」
「俺はそんな得体の知れない物になる気は、全然ないからな!」
「分かってるわよ。だから最後の手段って言ってるじゃないの。実際の話、私だってスライムみたいにどろどろして気味悪いだけの組織、編成したいなんて思ってないんだから」
「……どうせ俺は、どろどろして気味悪いスライムだよ」
「あらごめんなさい。大丈夫、石川君はぽよぽよしてるから。ただね、あなたを警察スライムにすることにしても、後々問題が出てくるってこと。元に戻れば問題ない。安心しなさいって」
「涼子……なんか安心できるようなこと言ったか?」
「うーん。言ってないかも……と、とにかく石川君の姿が戻らなければ、あなたにだってこれからの生活もあることだし、生体を知っておいてもいいかと思って、この本を買ってきたのよ」
「で、どんなこと書いてあるんだ。その『スライムの生活』という本には」
「え、えーっとね」
そう言うと涼子は『スライムの生活』なる本のページを捲る。「……なになに、スライムは年に一回分裂するですって。よかったわね石川君、来年には家族ができるわ」
「ちっとも、いいことあるか!」
「そう?仲間が増えれば、これからの警察スライムの編成に……」
「そんなこと考える必要ない!その前にこの体を元に戻せ!」
「そんなこと言ったって、こう専門外的なことばっかりだと、手の施しようが……」
「そうだ専門家だ。専門家を呼んでこい」
「専門家って?」
「フレイアだよ魔女フレイア。あいつならこの忌まわしい体を……」
「忌まわしい体とは随分な言い方ね」
「ムッ?誰だ」
「私よ私。忘れたの?」
そう言うと、突然一人の女性が姿を現す。「どーもー!しばらくぶり……といっても半日ぶりって位か」
「て……てめえはフレイア!」
「えっ?彼女が魔女フレイアなの?」
「その通り。私がかの有名な、魔女フレイア様その人よ」
「スライム変身事件で有名な……だろ」
「あらー、このスライム人の言葉をしゃべれるのね。やっぱもとが人間だと違うわ」
「感心されても嬉しくない!それよりも、さっさとこの体を元に戻せ!」
「元に戻すですって……なぜ?」
「なぜって……あのな!」
「折角、究極生命体になれたのに、元の下等な人間の体になんて戻る必要ないじゃない」
「どっちが下等だ?」
「まあ、そう自分の体を卑下するもんじゃないわよ。スライムになったらいいこともあるんだから」
「そんなものあるものか」
「あるわよ。例えば、単細胞だし」
「……それ、褒め言葉か?」
「当たり前よ。単なる単細胞じゃ褒めてることにならないけど、あなたの場合、人の知能を持つ単細胞なんだから」
「それはつまり、どういいって言うわけ?」
「よくぞ訊いてくれましたおねーさん。例えば……」
フレイアは突然、何処からともなく刀を取り出す。すぐさま、石川に斬りつけた。「これで一刀両断にすると、スライムは真っ二つになる。だけど……」
「て、てめー!突然なんてことするんだ!死ぬかと思ったじゃねえか!」
「このように、真っ二つにされても死なない体になる」
「まあ、スライムだもんね……」
「それだけじゃないわよ……てい!」
フレイアは石川の半身をつかみ、近くの壁に向かって投げつけると、ビチャっと言う音とともに石川の半身は壁にへばりつく。
「あー!俺の半身が」
「この様に垂直の壁でも、驚異的な吸着力によって移動が可能になる。そもそも、こうやって二つの体が離れても、別々になって行動することができるし……」
「俺の半身を投げつけるとは……こら、今度は俺をつかんでどうする……」
「こうするのよ」
そう言うと、フレイアは石川のもう片方の半身を、同じ壁に向かって投げつける。次の瞬間、ビチャっと言う音とともに、石川は一つになった。
「このように元に戻ることも簡単。ああ、なんて画期的で便利なんでしょう。それでいて人と同じ知能を持つことにより、多彩な行動をとれる。これこそまさに究極生物!」
「お……お前な!人の体をよくも……」
「あら、あなたはもう人ではなくってよ。スライムという究極生物なの。胸を張って生きなさい」
「今の体に張れる胸などあるか!いいから元の体に戻せ!」
「あなたも戻せ戻せとうるさい人ね。その体の何処に不満があるというの」
「全部だよ。手も足もない単細胞生物になって、喜ぶ人間がいるものか」
「いるじゃないのここに」
フレイアは自分を指さす。
「……だったら、お前自身がスライムになればいいだろう!」
「そうもいかないのよ。私も早くあなたみたいになりたいのだけど、あなたみたいな体は進化上において、究極ではあるけど、それをほかの動物達に広めていく上では、不便が生じるの。だから……」
「あなたはある程度の数の動物を石川君みたいにするまでは、自分が変わる訳には行かないと……そう言う訳ね」
涼子が続けるようにまとめると、フレイアは大きく頷く
「その通り。お姉さん冴えてるね」
「……お前の考えはどうでもいい。事情聴取は後で俺がゆっくりやってやる。だから俺の体を元に戻せ」
「無理な相談ね」
「無理でも何でもいいから、戻せ」
「無理って言ったら無理よ。そんなに元に戻りたいの?」
「戻りたい!」
「……しょうがないわね」
フレイアはそう言うと、涼子が持っていた本をぶんどる。「分かったわよ。戻すわよ。それでいいんでしょ」
「分かってくれたか」
「ええ、分かったわよ。で?」
「で……?」
「だから、どうすればいいのかって訊いてるのよ」
「それはこっちが訊いていることだろ!」
「何を?」
「元に戻す方法だよ」
「だから、それは無理な相談だって言ってるでしょう!」
「お前、さっき分かったって言っただろう」
「言ったわよ。あなたが、それほど人間に戻りたいと考えているってことでしょ」
「分かってるじゃないか」
「だから、教えなさいよ。あなたが人間に戻る方法を」
「へっ?」
「……まさかあなた」
「スライムを元の動物に戻す方法を知らないのか?」
「……知ってたら無理な相談にならないでしょう」
「なるほど。確かにそうね」
「って、納得するなー!」
石川が怒鳴る。「なんだと?元に戻す方法を知らないだと?よくもそんな嘘をぬけぬけと……」
「嘘じゃないわよ」
「本当に知らないの?」
「……疑り深いわね」
「でも、普通こういう魔法って解除する方法ってあるんでしょう?」
「それはあると思うわ。でも、私は知らないわよそんな方法」
「どうして?」
「どうしてって……知ってても必要ないじゃない。究極生命体になるのよ。喜ばしいじゃない。元に戻りたいなんて言ったの、この人が初めてだわ」
「そりゃ、人間の言葉話す動物も、石川君が初めてだからでしょう」
「そうかなぁ……そうとは思えないけど」
「この際、あなたの美的感覚を論議するつもりはないわ。とにかく、実際現実に起こったことは、石川君がスライムになったこと。それを確実に元の姿に戻す方法が分からないこと。そして……それを聞いて石川君が茫然自失になったってことね」
涼子はそう言うと、ゼリーの様に動かなくなった石川を軽くつつくのであった。
「これで、必要な材料は全て入れたわよ」
そう言うとフレイアは材料を入れた鍋をぐるぐるとかき回す。「全く、なんで私が人間に戻す薬の調合なんか……」
「ぶつぶつ言うな。自分でやったことの後始末なんだからな」
石川は高飛車な口調で言うが、ぷよぷよした小柄な体に威厳はない。
「不本意だわ。私はこれを後始末だなんて思ってないもの。あなたがどうしても戻りたいって言うから、望みを叶えてあげてるだけじゃない。で、この後どうするの?」
「えーとだな……一煮立ちしたら火から上げて出来上がりだ」
「えっ?たったそれだけ?いやにお手軽すぎない?やっぱその本インチキ臭いよ。普通はもっと手間暇掛けて……」
「だったら手間暇掛ければ、元に戻れる薬を作れると言うのか?」
「いや、そう言う訳じゃないけど」
「だったら文句を付けるな。今頼れるのは、この本だけなんだからな」
「分かってるわよ……ふむ。泡が出てきたわね。火から上げるわよ」
「どう?調子は……って、なにこの臭い?」
涼子が部屋に入ってくるなり鼻をつまむ仕草を見せる。
「薬の臭いだよ」
「薬って、こんなの飲むの?」
「飲まないわよ」
「じゃあどうするの?」
「浸かるんだと。風呂みたいにな」
「風呂って……まさか」
「まさかなんだよ」
「溶けたりしない?」
「なにが?」
「石川君」
「それは面白い。悪くてスライムシチュー。良くても融合して、薬湯スライムになるわ」
「ちっとも面白くない!フレイア、本当に大丈夫なんだろうな?」
「さあね。どうかしら」
「どうって……」
「でも、今頼れるのはこの薬だけなんだし、どうするの挑戦する?」
「端っこにちょっと掛けてみるのは?」
「やってもいいけど、それじゃ絶対効果ないわよ。こういうのは、一字一句違わない手順でやることで効果があるんだから」
「うーむ……仕方ない。分かった挑戦する」
「それほど、今の体が嫌なのね」
「そう。こんな体大嫌いだ」
「思い切りが良くて、作った方も嬉しい限りだわ。さて、薬も冷えてきたみたいだし、そろそろ行く?」
「もうか?」
「当たり前でしょう。完全に冷えたら薬の効果がなくなるわ」
「うむむ……よし、飛び込むぞ」
そう言うと、水色ゼリーの体が宙を舞う。次の瞬間水がはねる音とともに、石川の体が鍋に消える。そして数秒後……
「あっちー」
と言う叫び声とともに、人の体が鍋から現れる。「みずー!みずみずみず!」
「……元に戻った」
「信じられない。奇跡だわ」
「戻った?そんなことどうでもいいから、水を……って、へっ?」
「戻ったのよ元の姿に」
「うそっ?」
石川は薬湯の熱さも忘れて、自分の体を見直す。「本当だ俺の体だ……へへっ……へへへ。戻ってる」
「あーあ、絶対こんなので戻るわけないと思ったのに。残念」
そう言いながらもフレイアは、自分で作った魔法薬に優越感を持っているようである。
「とにかく元に戻って良かったわ。早速だけど服を着てきなさい。湯上がりとは言え、その格好じゃ風邪を引くでしょう。
「そ、そうだな。それじゃ失礼して……見るなよ」
「見るか!ま、いいわ。外に出てあげる」
「そうね」
二人が頷いて外に出る。そしてドアを閉めた瞬間……
「な、なんじゃこりゃ!」
石川の叫び声がこだましたのであった。
「見事に元に戻ったわね」
「……この場合、元に戻ったと言っていいのかしら」
そう言いながら、フレイアは石川の水色ゼリーの体をつつく。「確かに元には戻っているんだけど」
「そうね。ややこしい言い方だけど、元のスライムに戻った。という言い方が正確ね」
「そんなのどうでもいい。どういうことだよこれは!」
「見ての通りよ」
フレイアは石川の体を鷲掴みすると、鍋へと放り込む。
「あっちー!みずみずみず!」
人の姿になり、鍋から這いずり出た瞬間、煙とともにスライムの姿になる石川。
「そんなに熱くないでしょう。もう冷めてるはずなんだから。しかし、さすがは『子供ブックス』。元には戻れるけど、いつまでもと言う訳ではない。嘘は書いてないけど、全てを語ってなかったわね」
「つまりこの薬は石川君にとって、不完全な魔法薬だったってことね」
「……そんな」
石川は愕然とした口調で言う。「じゃあ、俺はこれからどうすれば……」
「そうね。ここで石川君には二つの道があるわ。一つはその鍋に浸かったまま、人の人生を送る。それがいやなら」
「いやなら?」
問うた石川に、涼子は一冊の本を見せる。それは……
「『スライムの生活』だと……」
「一緒に生体を調べましょうね」
「ふざけるな!誰が単細胞の生活など……」
「じゃあ、鍋をかぶって生きる?」
「それもやだ」
「大丈夫。石川君の地位はそのままにしてあげるから」
「それはつまり、俺に警察スライムになれって言うことか」
「そういうこと。嬉しい?」
「嬉しいか!」
そう返すと、石川はだだをこねる。が、水色ゼリーの体ではぷよぷよ飛び跳ねているようにしか見えない。「誰か俺を元に戻してくれ!」
しかし、ここにはその願いを聞き届けてくれる者はもちろんおらず。こうして、警察スライム石川の生活の幕が斬って落とされたのだった。
「警察スライムなんか、大っ嫌いだ!」
(警察スライム石川の生活・終わり)
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