精霊魔法は……な魔法


「そろそろ終わりにしましょう」
 男が諭すようにつぶやく。だが、後ろにいる女は黙ったまま男を見ているだけである。
 辺りに人気のない一室。そこには彼ら以外の人間は存在していなかった。
「こんなことを続けていても意味がないと思ういます」
 男は女に背を向け、目の前の蝋燭に目を離さぬように、なおもつぶやき続ける。「お願いです。僕の言うことに従って下さい」
 男は言い終わると相手の出方を見るように押し黙る。一息おいて……
「確かに……」
 不意に女が静かにつぶやく。「確かに今のまま、ただ時間を費やすのに意味はないと思う。でも、だからといってあなたの言うことに従いたいとは思えないの」
 次の瞬間、女は男から目を逸らす。「だって……だって私にだってプライドってものがあるのよ。そりゃあ精霊にプライドがあるなんて初耳でしょうけど……私も初耳だけど。でも確かにプライドがあって、当然ミハイルのような見習い精霊使いの言いなりになるなんて、私のプライドが許せないのよ」
「……あの」
「私だってこんな所にいたいとは思わない。他の人の……そう例えば後ろにいる、美人で精霊を扱うのが上手なアディラさんのような人なら、なんでも言うことを訊いてしまうのに」
「……ちょっと」
「それなのに、ミハイルみたいなヘッポコに言うこと訊けと命令されるなんて……ああ、なんて私は不幸なのかしら」
「ちょっと、アディラさん」
「きっと私は精霊界一不幸な精霊なのね」
「アディラさんってば!」
「どうしたのヘッポコ精霊使い?」
「誰がヘッポコですか!」
「あなたがに決まってるでしょう。……で、なによ」
「横から変な口挟まないで下さい」
「変な口?ああ、聞いてたんだ。でも、私は本当のこと言ったつもりだけど」
「本当のこと?」
「そっ、本当のこと。私はそこにいる可哀想な火の精霊の代弁者になってあげただけよ」
 そう言うと、アディラは蝋燭に灯っている炎に目を移す。「きっと、あそこにいる火の精霊は不幸だって思っている……間違いないわ。だってあんたのことをヘッポコ精霊使いって言っているもの」
「はぁ……でも、精霊が人語を解するなんて初耳なんですけど」
「えぇ、私も初耳よ。でも、さっきそのことが証明されたの」
「証明って……」
「だって、あなたさっきから精霊に話しかけているじゃない。人語で」
「それは……」
「……ふん。上っ面で精霊を操ろうとしてるから、そういう訳解らない行動をとってしまうのよ。いい、精霊は心で操るの。操るのに言葉は一言もいらないの」
 アディラは蝋燭に近づき、側にあった楊枝をつまみ上げて蝋燭に近づける。次の瞬間、炎が二つに分かれて一方が楊枝に吸い込まれた。「ざっとこんなもんよ」
 そう言うと彼女は楊枝から突然火を灯らせる。「ミハイルもマッチ作る程度、早くマスターしなさいよ」
 楊枝のような小さな物に火の精霊を宿らせて、念じるだけでそこに火を灯すことができる道具。これを彼らはマッチと呼ぶ。
「全く。こんな簡単な付与魔法すらできないなんて……なんでカレラ様は、こんなヘッポコを弟子にとったのかしら」
「すみませんね……こんなので」
「自覚してるならさっさと結論出しなさい。こんなことにずっとつきあわされてる、こっちの身にもなって欲しいわ」
「結論?」
「そっ。さっさとマッチを作るか、諦めて泣いてここを出て行くかよ」
「……わかってますよ。だからもう変な口挟まないで下さい」
 そう言うと、ミハイルはもう一度蝋燭の炎へと目を移す。そして数時間が経過する……
「よし!そこ!」
 突然、ミハイルが声を上げる。「そう!そのまま!別れろ!」
「なに?どうしたの?」
 アディラはハッとした顔でミハイルの方を見る。どうやらつきあい疲れで、うたた寝していたらしい。慌てて彼の所へ近づくと、どうやら今まさに、火の精霊が炎から離れようとしているところであった。
「行けー!」
 ミハイルが叫んだ瞬間、炎の片割れが彼の持っていた楊枝へとすーっと吸い込まれる。「やった!」
 ミハイルは楊枝を持たない方の腕でガッツポーズをしてみせる。
「……終わったわね」
 アディラがボソリとつぶやく。「これでやっと、見習い精霊使いのお守りから解放されるわ」
「はい!部屋でゆっくり休んで下さい!」
「言われなくてもそうさせてもらうわよ。でも、その前に……」
「その前に?」
「火の精霊の発動の確認。念じて炎を灯らせてみなさい。そのマッチの先から」
「へっ?あ、あぁそうですね。でも大丈夫でしょう。確かに精霊が宿ったことは確認したんですから」
「……いいからやんなさい」
「わかりましたよ。全くアディラさんは疑り深いんだから」
 ブチブチ言いながら、ミハイルはマッチに炎を灯らせた。「これでいいですか?」
「よろしい。じゃ私は帰って寝るから」
 そう言うとアディラは軽く背伸びをして、部屋を後にするのであった。(まっ、これであのマッチが危険な物でないと証明された訳だし、カレラ様には安心して見せられるってものだわ。なんと言っても付与魔法の最も怖い所は、宿らせた精霊を発動させた瞬間、精霊自身が暴走した時なんだから)

「カレラ様が帰ってくるわ」
 アディラは言いながらミハイルの部屋へ入る。「あなたも昨日の完成したマッチを用意して……」
 そこでアディラは言葉を詰まらせる。部屋に入るなりミハイルの姿がどこにも見当たらないのだ。
「ミハイル……どこにいるの?このがらくたから顔を出しなさい」
 アディラは怒りを堪えるような顔でつぶやく。見当たらないと言うより、見ることができないと行った方が正確だろう。ミハイルの姿は、部屋一杯にギッチリと敷き詰められたテーブルやイス。はてはタンスやベッドまで……がらくたとしか言いようがない古ぼけた家具や日用品によって隠されてしまっているのだから。
「ちょっと待って、今顔を……」
 そう言うと、ミハイルは部屋の隅からひょっこりと顔を出す。「あっアディラさん。おはようございます」
「おはよう……と、挨拶も済んだことだし。質問させてもらうわよ」
「質問?」
「これはなに?」
「へっ?」
「このがらくたの山は何かと訊いてるのよ。一晩でこんなにどこから……」
「あぁ、それはですね。昨夜……」
「盗んできたの」
「盗んで……って、違います!」
「違う?嘘いいなさい。がらくたと言えど、一晩でこれだけの物持ち込める訳……」
「おーすっ!元気にしてたか」
 突然、景気のいい声がこだまする。と同時に、一人の男がミハイルの隣から顔を出す。「……って、ここどこだ?」
「僕の部屋です」
「なんだミハイル。自分の部屋の座標を示したのか?全く二度手間かけさせるようなことを……」
「カレラ様!」
「ん?おぉ、アディラも久しぶり……てこともないか。さっき念話で話したばかりだし」
「まさか、さっきからそこに?」
「いんや、瞬間移動の座標位置がここだっただけ。来たのは今だ。なっミハイル」
「はい。そうです」
「で、荷物の方はこれで全部か?」
「さあ、どうでしょう。確認したわけではありませんから……」
「なんだ確認してないのか?まあ、いいか。別になくて困る物でもないし」
「あの……」
「ん?何だアディラ」
「話が見えないんですけど」
「話が見えない?なんの話がだ?」
「その荷物のです。何ですかこの荷物は?」
「あれ?もしかしてミハイルからなにも聞いてないのか?」
「聞いてません」
「い、今話そうとしたんですよ。そうしたらアディラさん、僕を盗人呼ばわりして……」
「何も知らずにこんな大荷物を部屋一杯に詰め込んだら、どこから持ち込んだか怪しむのは当然よ」
「ふむ。アディラに話が通じてないのなら、話が見えないのも無理はない。ミハイル、話してやれ」
「えっ、僕がですか?」
「今話そうと思ったんだろ?それとも、俺の代わりにこの荷物倉庫に運ぶか?人力での荷物運びは筋肉つくぞ」
「そ、それは遠慮させて下さい。分かりました。アディラさんには話しておきます」
 ミハイルはそう言うと、がらくたの一部を念動力で浮かしながら、部屋の外へと出て行くカレラを見送り、再びアディラに向かって話し始める。「最初に言っておきますけどアディラさん。これは盗んだ物ではありませんからね」
「分かってるわよ。で、何なの」
「これは廃品回収品なんです」
「つまり……がらくたよね」
「そうです」
「なんで、がらくたがここにあるのよ」
「さあ、何ででしょう」
「あんた、私をおちょくってるでしょう」
「おちょくってませんよ。僕だって昨日遅くカレラ様にそう言われて、この荷物を送るのでアディラさんを呼んだけど、寝てるのか応答がない。それで僕に座標を教えてくれと言われて……」
「ここを教えた」
「はあ、面倒でしたから」
「その後もう一度倉庫に運び直す方が面倒なのに?」
「そう言えばそうですね。でもその面倒は僕の面倒じゃないですから」
「その心は?」
「こういう力仕事はカレラ様が軽々できるからです。念動力で物を浮かせる魔法ができない、僕やアディラさんの出番の必要性がありませんからね」
「……あのね。そうもいかないに決まってるでしょう。ほらミハイルこっちに来なさい。荷物運び手伝うわよ」
「えっ?何でですか」
「それはね、今ミハイルが言ったことそのままカレラ様に伝えると、ミハイルが一人で荷物運びをすることになるからよ」
「そんな、黙ってて下さいよ」
「条件があるわ」
「何ですか?」
「黙って荷物を運びなさい。話の続きはその後で聞くわ」
「……分かりましたよ」
 ミハイルは、渋々アディラの言うことを訊くことにするのであった。

「これでおしまい」
 そう言うと、カレラは浮かせた荷物を床に降ろす。「二人ともご苦労さん。しかし、人力できつかっただろう?」
「そりゃきつか……」
 ミハイルはアディラに睨まれて言い直す。「……それほどでもないです」
「ふむ。アディラの提案か。まあ、いいや。とりあえず飯にしよう。そのあとアディラは俺の手伝いをしてくれ」
「手伝い……ですか?」
「そう。ミハイル、アディラにはどこまで話をした?」
「これが廃品回収品と言うところまでです」
「他には?」
「他には特に……これについては他に話を聞いてませんから」
「そう言えば面倒だから話を飛ばしたんだっけな……」
 カレラは一人でうんうん頷くとアディラを見る。「これはミハイルが言ったように廃品回収品。要するにがらくただ」
「そうみたいですね」
「とはいえ、ただのがらくたではない」
「つまり?」
「付与魔法のかかったがらくただ。俺とアディラは、これからこいつらに宿った精霊たちを解放させる」
「解放?そんなことできるんですか?」
「できる。その方法は後で教える。その後、その精霊を分類ごとに分けて整理する。なぜかは分かるな」
「要するに、付与魔法に使う精霊のリサイクルですか」
「再利用という言葉ではその通りだ。一度付与させて安定させることができた精霊は、暴走しづらくなるからな。将来はこれを商売につなげれば……と考えている」
「商売するんですか?」
「俺はしないよ。でも方法が広まって、そんなことを考える奴も出てくるようにしたいと言っているんだ。アディラ、試しに商売してみるか?」
「私は遠慮します。商売したければカレラ様の弟子になっていません」
「それもそうだ。よし。この話はこれくらいにして……とりあえず飯にするか」
「そうですね。しかし付与精霊のリサイクルとは……あっ、付与精霊魔法と言えば。ミハイル」
「えっ?何ですか?」
 突然、アディラに呼ばれてミハイルはギョッとする。
「何ですかじゃないでしょう。昨日やっと完成させたんでしょうマッチを」
「おっ?ついに完成させたかミハイル」
「ま……まあ、一応は……」
「そうか。これでもうしばらくすれば、人手がもう一人増えるかもしれないな。で、そのマッチは?」
「僕の部屋です」
「じゃあ早速持ってきなさいよ」
「まあ、待って下さい」
 勧めるアディラの言葉を裏切るように、ミハイルは手で押さえつけるような仕草をしてみせる。「そんな所まで取りに行く必要などありません。マッチはここにだってあるのですから」
「ここにも?」
「これです」
「これって……」
 アディラが笑みを凍らせたまま聞き返す。顔にはうっすらと汗まで出てきている。それもそのはず。「まさかここにある、すでに精霊の付与がされている物に?」
「はい。このがらくた全てに火の精霊を宿らせておきました」
 ミハイルはそう言うと、傍らにあったコップに手をかける。「では火をつけますよ」
「わーっ!ちよっとたん……」
 次の瞬間。止めに入ったアディラの行動もむなしく、ミハイルを中心に家が吹き飛ぶことになったのである。

「こ……この大馬鹿者!」
「そんな怒鳴ることのことですか」
「怒鳴ることよ!あなたには常識ってもんがないの?」
「ありますよ。常識くらい」
「そう。ならこんな常識は知ってる?一度精霊が付与された物に精霊を付与しないで下さいって常識は?付与魔法用品の説明書には必ず記載されてる事柄よ」
「そんなこと知ってますよ」
「じゃあ、なんで付与魔法を重ね掛けするようなことするの!」
「精霊が宿ってる物と知らなかったんです。重ね掛けした時は」
「火をつける時は知ってたでしょう?」
「そこまで頭が回らなかったんです」
「こいつ……ぬけぬけと……」
「本当ですよ。あの時はマッチ完成を褒められてうかれてて……」
「……まあいい」
 カレラが間に入る。「じゃあ、少なくともあるんだな。その完成したマッチは」
「それはもちろん!」
「瓦礫の下になってなければいいけどね」
 そう言うと、アディラは精霊の暴走によって綺麗に吹き飛ばされた辺りを見渡す。「全く……カレラ様が危険を察知して、風のバリアをかけてくれたからよかったものの。普通なら全員遠くに吹き飛ばされているわよ」
「ま、まあとりあえず辺りに民家もなかったことですし。結果オーライと言うことで」
「どこの結果がオーライなのよ!」
「いや……その不幸中の幸いと言うことで」
「意味が違う!」
「まあ、アディラもそれくらいにしておけ。とにかく、マッチは後でもう一度作ってもらおう。今しなくてはならないのは俺達の家の再建と……」
 そう言うと、野原にポツンと立っているタンスなどぼろ家具数十点。「この精霊付与魔法を重ね掛けされた、対爆加工されてる付与魔法用品の無害化だな」
 そう言うと、カレラはため息をつくのであった。

「そっち押さえてなさいよ」
 アディラが言うと、ミハイルは小さく頷いた。「全く、なんで精霊使いの私がトンカチもって大工仕事なんか……」
「仕方ないですよ。辺りに僕たち以外の人はいないのですから。それに……」
 ミハイルは、遠くでタンスとにらめっこしているカレラを見る。「カレラ様は付与精霊魔法の解除で手が放せません。カレラ様の手さえ空いていれば、僕たちもこんな苦労せずに済むのですけどね」
「ミハイル……」
 アディラはあきれた顔をする。「こうなった状況の原因が誰のせいか、あなた分かって言っているのでしょうね」
「分かってますよ。迂闊だったと反省してます」
「だったら黙って押さえてなさい」
 そう言うと、アディラは黙々とトンカチで釘を叩き続ける。しばらくして……
「あの……」
 ミハイルが声を掛けてくる。「ちょっと訊いてもいいですか?」
「なに?」
「僕のマッチ制作。いつ再会するんですか」
「この家が再建できたら」
「それはつまり……」
「このペースなら一月後か、はたまた二月後というところかしら」
「えーっ。そんな!」
「そんなと言われても。しょうがないでしょう……と言いたいところだけれど」
「へっ?」
「実際はカレラ様の手が空き次第よ。カレラ様にかかれば、家の再建も一日でできるでしょう。だから早ければ明日か明後日……」
「そうですよね」
 ミハイルが顔を明るくさせる。
「でも……」
 アディラは澄ました顔で続ける。「精霊魔法が重ね掛けされた、付与魔法用品の無効化なんて複雑な仕事。カレラ様とて一日や二日でできるかどうか……」
「そんな……」
 ミハイルが顔を暗くさせる。
「まっ、結局はカレラ様次第よ。私達はとりあえずできるところまでやるだけ。それまでは我慢してトンカチ叩いてなさい」
「はぁ……折角マッチづくりのコツをつかんだのに……このままじゃコツを忘れて……」
「全て水の泡」
「ドキッ!」
「最初からやり直し」
「ドキドキッ!」
「あの血の滲むような特訓を再び……」
「ドキドキドキッ……って、脅かさないで下さいよ」
「事実よ」
「……気分が悪くなりました。ちょっと休ませて下さい」
「プレッシャーに弱い奴」
 アディラはミハイルを突き放したものの、実際の所、カレラの仕事がどれくらいかかるのか、大体の予測はつけていた。(まっ、カレラ様に掛かれば今日一杯という所ね)
 そして日も暮れた頃、アディラの予測通りに、カレラの付与精霊の無効化は終了したのであった。

「ほう。これなら雨露は凌げそうだな」
 そう言うと、カレラは家……と呼んで相応しいかどうか。とにかく柱と薄板の屋根のある造形物の中に入ってきた。「まあ、今日一日我慢だな。明日俺が直そう」
「えっ?と言うことは」
 ミハイルが顔を明るくさせる。
「あぁ。無事、付与精霊魔法の無効化が終わったよ」
「やった!」
 ミハイルは手を上げて喜ぶ。
「なんだ。随分な喜びようだな。そんなに反省してたのか?」
 カレラの質問に、アディラは澄まし顔のままで……
「そういうことにしておいて下さい」
 とだけ言う。
「それでミハイル」
 カレラは気を取り直すとミハイルに声を掛ける。「今朝うやむやになったマッチ制作のことだけど」
「は、はい!」
「今からできるか」
「できます。今できます。すぐできます」
「ほう。ならすぐ作ってもらおうか」
「はい!任せて下さい」
 そう意気込むと、ミハイルはポケットから蝋燭を取り出す。さすがにこの迅速さに他の二人は驚かされた。
「ミハイル!」
 思わずアディラが口を開く。「なんでそんなタイミング良く蝋燭を持っているの?」
「はぁ。さっき大工仕事をしていたら、たまたま無傷の蝋燭が転がり出てきたんで、保管しておいたんです」
「保管……って」
 またもやアディラが凍り付いた笑みを見せる。ミハイルはその表情の変化に全く気づいていない。(まさかね……まさか火を灯らせる道具に対爆加工なんて馬鹿げた話ないわよね。しかもミハイルが、それに火の精霊を付与させてたなんて、更に馬鹿げた話……)
「では普通のマッチで火を着けて……」
「わーっ!ちょっとたん……」
 次の瞬間。またもや止めに入ったアディラの行動もむなしく、ミハイルを中心に家が吹き飛ぶことになったのである。

「返す返すも。この……」
 アディラここで一呼吸。「大馬鹿者!」
 慌ててミハイルは耳を塞いだ。
「そんな。今回も僕のせいですか?」
「あなたのせいに決まってるでしょう!蝋燭に火を着けるなんて、何考えてるのよ!」
「蝋燭に火を着けるのは当たり前じゃないですか」
「これは普通の蝋燭じゃないのよ。あなた、自分が火の精霊を宿らせた蝋燭だということすら忘れたって言うの?」
「そう言えば。……一本宿らせましたけど」
「それがその一本なのよ!」
「でも、別に蝋燭に宿らせた精霊の発動を念じたわけじゃないのに……」
「この場合、炎を近づけることは、火を着けようと蝋燭に念じていることになるのよ。少しは考えて行動しなさい!」
「そんな連想ゲームじゃあるまいし」
「前にも言ったわね。精霊は心で操るって。自分の行動が精霊にどのように受け止められるか、何時でも心に留めておくことは精霊使いの常識よ。あなたにはそんな初歩的なことから、再特訓する必要があるみたいね」
「まあまあ。アディラそれくらいにして、ミハイルも馬鹿じゃないんだから」
 頃合いを見てカレラが間に入る。「今回はミハイルにとっても勉強になったろうし」
「カレラ様は甘すぎます。大体なんでこんなヘッポコ。弟子にとったんですか?」
「そこまで言わなくても」
「いいえ、今回ばかりは……」
「素質があるからだ」
 突然、カレラが顔をにやけさせる。「理由はこれ以外にないな」
「素質って言っても……」
「アディラだって気づいてるはずだ。いくらコツをつかんだとはいえ、一晩であれだけのがらくた全てに火の精霊を宿らせた実力は」
「それは確かに素質は認めます……しかし精霊使いとして、こんな迂闊な性格では……」
「アディラだって、迂闊な行動で家を吹き飛ばしたことくらいあるだろう。ここじゃないけどな」
「言い訳が多すぎます」
「そんなの関係ない。俺は素質があれば弟子にする。少々サボり癖があるようだが……まあ要領がいいのは悪いことじゃない。度が過ぎなければな。とにかくそういう論議は後にしようや」
 そう言うと、月明かりに照らされた野原を見渡した。「しかし、見事に綺麗に吹き飛んだな」
「資材……もうありませんよ」
「仕方がない。ちょうどいい機会だし引っ越すか」
「えっ?どこへですか?」
「まだ考えてない。まあ、資材も調達しなければならんし、とりあえず近くの村まで行くしかあるまい。答えはそれからだな」
「はぁ……いつかはこんな日が来るんじゃないかと思ったけど。まさか今日とは……」
「まあ、思い立ったが吉日とも言うし」
「少なくとも今日は吉日じゃありません。全く。これからどうなることやら……」
 そう言うと着の身着のまま。旅立ちの荷物すら吹き飛ばされたカレラとアディラの二人は、そのまま近くの村まで歩き出すのであった。さて、ミハイルはと言うと……
「再特訓……再特訓……再特訓……再特訓はいやだ。あの血の滲むような、あの気が狂ってしまう……いや、狂った方がどれだけましかと思わずにいられない、あの地獄の特訓が再び……再び……再び……再び……」
 しばらく茫然自失していたため、一人取り残されていたと気づくのは、少々後のことになるのであった。

(精霊魔法は……な魔法・終わり)










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