女優志望の剣士様


「ここにいましたか、ロマーン姫。」
 平和な町の昼下がり、行き交う人混みの中で、そう呟いた者がいた。その声はあまりにも小さく、聞き取れた人はそう多くはなかっただろう。だが、その言葉に反応し、突然走り出した者がいた。
 一人は、鎧を身にまとった筋肉質の男。もう一人は厚手のローブをスッポリ被った細身の女である。彼は彼女の手を引っ張りながら必死の形相で人混みを掻き分け走っていく。
「あなた方は、常に私の部下達に見張られています。どこに逃げても無駄ですよ。」
 先程の声が二人の耳に届く。しかし二人は走るのをやめない。二人はしばらくすると人混みから抜け出し、人の少ない路地へ入って行った。この方が動きやすいからだ。
「姫様。大丈夫ですか?」
 彼は走りながら振り向くと、彼女に声を掛ける。彼女は無言のまま小さく頷いた。「追手がここまで迫っていたとは思いませんでした。だが御安心を、このリベルが命に代えましても、姫様をお守りいたします。」
 しばらく走っていると、突然目の前に一人の男が立ち塞がり、二人を止める。
「どこに逃げようと無駄だと言ったはずですが……。聞こえませんでした?」
「貴様が……さっきの声の主?」
 男が驚きの声を上げた。先回りをし、待ち伏せしていたのもそうだが、それより驚いたのはその男自身にあった。細身の体格といい、温和な顔つきといい、今までまるで喧嘩というものをしたことがない感じを受ける。
「私はあなたの命まで奪おうとは思っていません。ロマーン姫を素直に受け渡してはもらえませんか?」
 男は脅しかけるでもなく、静かな口調で彼に話しかける。しかし、彼は鼻で笑った。
「ディルーム王国も人材不足に陥ったか。」
「どういう意味です。」
「お前みたいな青っちょろい男を追手に差し向けているんだからな。逆に命を奪われる前に、道を開けた方がいいんじゃねえか?」
「それは私の忠告を受けないと……。」
「そういうことだ。」
「それでは仕方ありません。あなたの命を奪わせていただきましょうか。」
「お前一人で何ができる。」
「私一人では、あなたの命を奪えはしないでしょう。ですが、私には部下がいます。」
 と言うと、男はニヤリと笑う。「死霊という素敵な部下がね。」

「すみません!通してください。」
 とエティ・フォスターは声を上げ、人混みを掻き分けながら走ってゆく。なぜ彼女が走っているのか?彼女は急いでいるからだ。
(大事な日に寝坊するとは一生の不覚!)
 彼女は何度心の中で叫んだだろう。そう、今日は彼女にとって人生を分ける大事な日。町の劇団の入団試験の日なのだ。この日のために彼女は演劇学校に通って、ハードな練習を重ねてきた。しかも今回試験に落ちたら、実家の宿屋を継ぐと親に約束してしまっている。つまり、この試験が彼女にとって、女優になる最後のチャンスなのである。そんな大事な日に、なぜ寝坊などしたのかなどと責めないでほしい。試験前日に親に睡眠薬を盛られたなどと、彼女は知る由もないのだから。
 エティはそれでも根性で起きた。なぜ起こさなかったのか?と親に怒鳴りつけつつ、家を出る。受付時間は過ぎているが頼み込めばなんとかなるかもしれない。彼女はそう願いつつ町の劇場へと向かっているのである。
「すみませーん!通してください。」
 と彼女はもう一度叫ぶ。だが道を開けてくれる者などいない。いや、開けることができないのだ。だいたい、昼飯時の市場通りを走ろうなどという方が間違いなのである。
(どうしよう。試験が始まっちゃう!)
 とエティはますます焦ってくる。どうにかして進むことができないかとキョロキョロしていると、一本の路地が目に入った。
(そうだ!少し遠回りになるけど……。)
 彼女は方向を変えると路地に向かって走り出す。このまま人通りの多い市場道を行くより、路地を走っていったほうが早く着くと思ったのだ。案の定その路地はあまり人通りが無く、スイスイ走って行くことができた。
(この調子なら五分位で会場に着ける。)
 彼女にほんの少し余裕が戻ってきた時、突然、少し先に立っていた男がエティに向かってきた。いや違う!男は吹き飛んでいるのだ。あまりのことに、エティは走りながらそれを呆然と見届ける。避けることを忘れて……。
 ガッシャーン!
 と、路地に物凄い音が響き渡った。だが、エティは壁に激突したものの、すぐに起き上がる。「突然、飛んでこないでよ!」
 と男に言うと、彼女は試験前の大事な体を動かしてみる。痛みはない。あれだけの衝撃に奇跡的に無傷だったようだ。
(さて、こんなことはしてられない。)
 エティは立ちあがったものの、男の様子がおかしいことに気づき、ハッとする。エティが起き上がってから、全く動かないのだ。
「ちょ、ちょっとおじさん?」
 エティは声を掛け、男の体を揺ってみる。だが、男に返事はない。それどころか……。
「息してない。つまり……死んでる。」
 と、エティは呟いた。
(そ、そんな……。体格からしたって私が死んでもこのおじさんが死ぬとは……。)
 事実この男は死んでいる。エティは唯々呆然とするばかりである。そこに突然女性の悲鳴が……。エティではない。男が飛んできた方向、ローブを被った女性が発したらしい。
「あれは……いったい……。」
 とエティが呟くと、突然、エティの体が彼女の意志とは関係なく動く。そして傍にあった男の剣を取ると、二人の所へ走りだした。
「なっ、なに?」
 エティは当惑顔で声を上げる。そして彼女の第二声。「姫様に指一本触れるなー!」
 エティは剣を振り上げると男に切りかかった。男も突然の不意討ちに驚いたのだろう。女から飛ぶように離れる。
「ほう、仲間がいたとは計算外でした。だが、恐れる相手ではないみたいですね。」
 と言うと、男は微笑む。
「外見で油断した。ネクロマンサーを追手に差し向けてくるとは思わなかったんでね。」
「その言い方からして、以前にお手合わせしたことがあるみたいですが……?」
「すっとぼけたこと言ってんじゃねえ!」
 エティは叫ぶと剣を振り上げる。
「ちょ、ちょっと待って!止まって!」
 エティは声を上げる。その瞬間エティの動きはピタリと止まった。
「だ、だれだてめえは?」
「それは私が訊きたいことよ。」
 エティは一人でしゃべりだす。
「私はこんなことしてる暇はないのよ。」
「馬鹿やろう!こっちだって、姫様を守るために戦ってるんだ。」
「姫様ってあの人?」
 エティは、呆然としている彼女を見る。
「ば、馬鹿。敵の前でよそ見するな!」
「いいから!あの人が姫様でしょう?」
「ああ、そうだ!」
「それなら話は早い!」
 と言うと、エティは素早く彼女の所へ走る。「私と一緒に行くわよ。」
「あの……。あなたは……。」
 と、彼女はまだ呆然としている。「とにかく来なさい、私は急いでんのよ。」
「で、でもリベルが……。」
「俺ならここにいますよ。」
「えっ?」
「あんたはしゃべるんじゃない!ほら、ぐずぐずすんな!」
 と言うと、エティは彼女の手を引っ張り路地奥へと走っていったのである。
 細身の男は呆然とそれを見届け、気づいた時には二人の姿は見えなくなっていた。
「結局……。不可解な行動で混乱させられている内に、あのお嬢さんにロマーン姫を連れ去られてしまったようですね。」
 細身の男はクスクス笑う。そして奥に横たわっている男に目を向けると、男に近づく。
「だが、この男をそのままにしていったのは、お嬢さんのミスだったみたいですね。」
 と言うと、細身の男はさっきまでとは違う、不適な笑みを浮かべたのだった。

「ほ、本当ですか!?」
 という声がホールの中を響き渡った。
「ええ、登録は済んでいますからね。参加証はお持ちでしょう?」
「えぇ、持ってます。」
 と言うと、エティは小袋から一枚の紙を取り出す。「これでいいんですよね。」
「はい、結構です。でも、これからは遅刻しないでくださいね。」
 受付の女性が微笑むと、エティも苦笑いをするしかなかった。
「大丈夫。間に合ったわよ。」
 エティは笑顔で姫様(先程エティが助けた女性)の所に歩いて行った。しかし、姫様は、まだ警戒を解いていないようだ。
「私の名前はエティ。あなたは?」
「わ、私は……ロマーンと言います。」
「こら!姫様に向かって軽々しいぞ!」
 エティが突然言うと姫様の目が丸くなる。
「すみません。エティ姫。」
「違う違う……。ちょっと、ややこしくなるからしゃべらないでよ。」
「お前の姫様に対する言葉づかいが……。」
 と、またもやエティが一人でしゃべり出したので姫様はますます当惑顔になる。
「いいから黙ってなさい!とにかく、姫様って呼ばれてた所からして、あなたはどこかのお偉いさんの娘ってこと?」
「……そうです。」
「それで、さっきの男に追われていると。」
「あの……。」
「なに?」
「エティ様は私の素性を知らなかったみたいですが、なぜ私を助けてくれたのです?」
「助けてほしくなかったの?」
「いえ、そうではありませんが……。」
「ある男に頼まれたのよ。」
「ある男……それはリベルのことですか?」
「リベルというの?あの筋肉質のおじさん。そのリベルのおじさんが、あの場面であなたを連れていかないと、納得してくれそうになかったのよ。」
「リベルのお知り合いの方でしたか。」
「さっき知り合ったばかりだけどね。」
「申し訳ありません。」
「どうしたの突然?」
「私、助けてもらっていながら、エティ様のことを、何者か疑っていたのです。」
「そんなの気にしなくていいよ。ところで、これからどうするの?」
「どうすると言われても、私は……。」
「私、これから入団試験があるのよ。よってあなたのこと見ていることができない。」
「な、なにを言うか。そんなことを言って、姫様に万一のことがあったら……。」
「うるさい!しゃべるなと言ってるでしょう。……まあ、試験が終わるまで待ってるというなら、後で相談に乗ってもいいけど。」
「……そうさせていただきます。」
「そう。それじゃ、ここで待っててね。」
 と言うと、エティは姫様に背を向ける。
「まっ、待て。話は終わってないぞ。姫様を一人にするわけには……。」
 しかし、それ以上エティは声を出さなかった。エティ自身が強く口を結んだからである。
「よって受験者は五人一組になって……。」
 と、試験官は長々と試験説明をしている。遅れて入ってきたエティは、後ろのほうに座って、小さな声でしゃべっていた。
「なるほど、俺が吹き飛ばされたとき、俺の心があんたの体の中に移ったって訳だな。」
「だいぶメルヘンチックな話だけど……。」
「こんな事実を見せられたら、信じない訳にはいかないってことか。」
「ま、そういうことね。」
「それで俺の体は?」
「当たり前かもしれないけど、残念ながら死んでたわよ。息してなかったし……。」
「それじゃ、ずっとこのままってことか。」
 エティは溜め息を吐く。
「ところでこれからのために言っとくけど、この体は私の体なんだからね。」
「ああ、そうみたいだな。それが?」
「この体の人生は私の人生だってこと。あなたは姫様を守るために危ないことしてたみたいだけど、私はそんなことする気はない。」
「つまり?」
「試験の後、姫様を兵営に引き渡すわ。」
「なっ、なにー!」
 エティは突然立ち上がった。もちろん彼女の意志ではない。
「何か不満な点でもあるのかね?」
 試験官がエティをじろりと睨んだ。
「……何でもありません。続けて下さい。」
 エティは愛想笑いをすると、慌てて座る。
「突然立ち上がらないでよ!」
「すまない。だが、兵営に連れていくのだけはやめてくれ。大変なことになる。」
「大変なことって、どう大変なのよ。」
「ここからはるか東にディルーム王国というのがあるのを知ってるか?」
「えぇ、噂で聞いたことがある。なんでも今内乱が起こっている国でしょう?王位継承の争いのもつれかなんかで。」
「姫様はディルームの王女様なんだよ。」
「ええーっ?」
 今度はエティ自身が声を上げてしまった。
「なんだね、今度は?」
 と、またもや試験官に睨まれる。
「……何でもありません。」
「全く、今度やったら出てってもらうよ。」
「すみませんでした。」
 とエティは頭を下げた。「なんで王女様が、こんなさびれた小さな田舎町にいるのよ。」
「今、ディルーム王国は王位継承の争いが起こっているのは、知ってるみたいだな。」
「えぇ。」
「姫様、つまりロマーン姫は八番目の王位継承権を持っているのだ。だが、姫様は王位などに興味は持たなかった。だから、戦争が始まる前に国を抜け出してきたのだ。」
「八番目……。ずいぶん遠いのね。」
「そうでもないのだ。今のディルームの混乱は尋常ではないからな。混乱が納まる頃には何人の王位継承者が生きているか……。」
「なるほど、それならどこかの国に身寄りを寄せればいいじゃない。」
「そんなことをしたら、姫様を盾にディルームに責め込む大義を与えてしまうことになる。今のディルームは他国から責め込まれたら一たまりもないのだ。事実、そんな計略を立てている国もあるらしい。それは一番避けなくてはならないことなのだ。」
「そうは言ってもねー。」
 と、エティが溜め息を吐いた。「私にそれ以外の何ができるっていうのよ。」

 エティと別れて一時間後、姫様はエティの言った通り。受付があったロビーで素直に待っていた。すでに受付の女性は場所を片づけ、今は姫様一人になっている。
「リベルとはぐれ、見知らぬ方に連れらてこられ、私はこれからどうなるのでしょう。」
 姫様は呟いた。ロビーで一人になってから、彼女は何度同じことを呟いただろう。今まで一人でいた事ことがほとんど無かったせいか、一人取り残される不安は、尋常なものでない。せめて、自分の声でも聞いてないと沈黙の波に飲み込まれる感じがしてくるのである。
「せめて、リベルがいてくれれば……。」
 と、姫様は静かに呟いた。
「私ならここにいますよ。」
 突然、姫様の背後から声がした。姫様は慌てて振り向く。
「リベル。生きていたのですね。」
「使命終わるまで死ぬ訳にはいきません。」
 リベルは優しい微笑みを投げかけた。
「さあ、すぐにここを出ましょう。早くしないと、あの男に見つかってしまう。」
「でも、エティ様が……。」
「エティ?ああ、さっきの娘ですね。それならすでに話をしてあります。ロマーン姫の心配することではありません。」
 と、リベルは諭すように言う。しかし、姫様は突然顔を強ばらせた。
「今……なんて呼びました?」
「どうしました?ロマーン姫。」
「ち、違う……。あなたはリベルじゃありませんね。」
「何を突然、正真正銘のリベルですよ。」
「いいえ、違います。リベルは私のことをロマーン姫などとは呼びません!」
「そ、それは……。」
 リベルは口ごもる。
「リベルは、私が何度も、もう姫ではないのだから姫様という呼び方をやめてと言っも、姫様という呼び方をやめなかったのです。ですがあなたは、自然に私をロマーン姫と呼んでいます。あなたは……何者なのです!」
「なるほど、詰めが甘かったようです。ロマーン姫にとって、この男の違いを見破ることなど簡単なことだったという訳ですね。」
 どこからかあの男の声がする。姫様は驚き顔で、辺りを見回した。
「まさか、呼び方一つで見破られるとは思いもしませんでしたよ。」
 いつからそこにいたのか、細身の男が人形の様に立っているリベルの背後から現れた。
「リベルは、リベルはどこにいるのです?」
「リベルならここにいるではありませんか。さっきも言った通りこれが正真正銘のリベルですよ。ただし、今は魂を飛ばされ、ただの人形になっていますが。」
「そ、そんな……。」
「さて、そろそろ本題に入りましょうか。今度は本物のリベルの言葉ですよ。」
「姫様。バズー様と共にディルームに戻りましょう。姫様を悪いようにはいたしません。このリベル、命をかけて断言します。」
 リベルは自信に満ちた表情で語りかけた。
「うまいもんでしょう?さあ、今度のリベルはちゃんと姫様と呼んでますよ。つまり本物のリベルだ。これで納得しましたか?」
「違う。リベルは……リベルは……。」
 すでに姫様は半泣き状態である。
「どうやらロマーン姫は、感激の余りに足が立たないようですね。リベル、抱き上げて差し上げなさい。」
 細身の男が言うと、リベルは無表情に姫様を抱き上げる。
「それでは姫様、帰りましょうか?愛しの故郷、ディルーム王国へ。」
「リベル……降ろしなさい。降ろしてー!」
 姫様の叫びがロビーに響き渡るのだった。

「それでは右から順にその台本通りに台詞をしゃべってください。」
 と、審査員の一人がぶっきらぼうに言うと、右端の女性が言われた通りに台詞をしゃべり始める。舞台に上がっていた女性は五人。その中にエティも含まれていた。エティは右から四番目、自分の番まで少々時間がある。
 エティは、目をつぶってしゃべりを聞いていた。たいしたことないな、などと思っていると外から悲鳴が聞こえてきた。物凄く小さく、エティのように耳を済ましてなければ、聞き取れなかっただろう。審査員の何人かもそれに気づいたのか、キョロキョロ始めた者もいる。しかし、ほとんどの人間がそれに気づくことなく審査は何事もなく続けられた。
「今、悲鳴が聞こえなかったか?」
 突然、エティが声を発した。そこにいた全員の目線がエティに集中する。
「どうかしたかね?」
 審査員の一人が訊いてくる。さっきの試験官とは違い、温和な顔で話しかけてくる。
「い、いえ……なんでもありません。」
 エティは愛想笑いをする。
「なんでも無いわけねえだろう!お前だって聞いたはずだ。あの小さな悲鳴を!」
「うるさい!黙れ!今は試験中よ、出ていく訳には行かないわ!」
 突然、エティが一人で怒鳴り始め、そこにいた全員、唖然としてエティを見る。
「そんなこと言ってる場合か?」
「言ってる場合よ!今の私に他人のことに口出している暇はないの。」
「試験がそんなに大事か?試験など、又受ければいいだけのことではないのか!」
「私には……私には最後の試験なのよ。女優をなれる最後のチャンスなのよ。これを逃せば、一生舞台を目指すことができないの。他人がどうなろうと知ったことじゃない!」
「他人の命が奪われてもか!」
 舞台に沈黙が走る。次の瞬間エティは走り出した。他の受験者や審査員が見守る中を、彼女は他人のために夢を捨てたのである。

 エティがロビーに出た時、すでに姫様の姿はなかった。
「やっぱり姫様が……。」
 エティが呟いた時、又、悲鳴が聞こえてきた。間違いない、姫様の悲鳴だ。
「裏口だ!」
 言った瞬間、エティは、傍に落ちていた自分の剣を取り、裏口に向かう。裏口を出てエティはすぐに姫様を見つけることができた。筋肉質の男に抱えられている姫様を……。
「あれは俺か?いったいどうなってんだ。」
「行ってみれば分かるわ。」
 エティは劇場を出ると全速力で追いかる。すると、向こうも気づいたのだろう。エティが追いついてくるのを待った。
「やあ、お嬢さん。又会いましたね。」
 と、細身の男が現れる。
「やっぱり、あなただったのね。どうしてここが分かったの?」
「私の部下を見張らせたのですよ。」
「部下?」
「死霊のことだ。奴はネクロマンサーだから、死霊を自在に操ることができるんだ。」
 と、エティが一人でしゃべると細身の男はクスクス笑い始めた。
「なるほど、リベルさん。あなたの魂がどこにも無くておかしいと思ってましたが、お嬢さんの所に移っていたのですか。これでお嬢さんの不可解な行動にも納得できますよ。まあ、素性が分かればお嬢さんを警戒することも無いみたいですね。」
「こっちも同じことだ。ネクロマンサーだと分かれば、それ相応に対応できるからな。」
「そうですか、それなら私も戦士相手の、それ相応の対応をしますか。リベル!」
 と、細身の男がリベルを呼んだ。魂ではない、体のほうだ。「ロマーン姫を置いて、お嬢さんの相手をしてあげなさい。」
 すると、リベルは言われた通り、ぐったりしている姫様を置く。
「てめー、姫様に何しやがった!」
「眠らせただけですよ。ピーピーうるさかったのでね。まあ、心配することはありませんよ。あなたは自分に殺されるのだから。」
 細身の男が合図するとリベルが襲いかかる。「エティ!」
「な、なに?」
「俺に体を預けろ!お前が動かしてたら一撃であの世行きだ。」
「わ、分かった。」
 エティが言った瞬間、リベルの一撃が襲う。間一髪、エティはそれを受けとめた。
「ち、力が違いすぎる……。」
 エティはヒラリと身をかわすと、今いた場所にリベルの剣が地面に叩き付けられる。
「力任せというわけには行かねえな。」
 エティが呟くと、リベルは無表情に第二撃を放った。エティはそれを素早くかわし、リベルの後ろに回り込む。次の瞬間、リベルの足に剣を突き立てた。しかし、所詮は一般女性の力、殆ど剣は足に食い込まなかった。
「やはり駄目か……。」
 エティは剣を抜くと、ちらっと姫様のほうを見た。細身の男はこちらを凝視したまま動かない。大丈夫、細身の男はこの隙に姫様を連れていこうとは思ってないらしい。エティはリベルの方に目を戻し、第三撃に備えた。
「ねえ。」
「馬鹿やろう!俺に体を預けろって言っただろう。死にたいのか?」
「なぜあの男、この隙に逃げないのかな?」
「余裕を持ってるんだろう。」
 と言いながら、リベルの第三撃をかわす。
「俺達が殺されるのを見たいんだよ。ネクロマンサーってのはそんな性格が多いんだ。」
「それだけかなぁ。私の見たああいう性格の人って残忍性もあるけど、それより任務に忠実な完璧主義者って思ったんだけど。」
「確かに……。鋭いとこをつくな。」
「だてに女優志望じゃなかったわよ。他人の性格読めなきゃ他人は演じられないわ。」
「なるほど……。」
 エティは呟いて第四撃もヒラリかわす。
(なぜ、奴は姫を連れて逃げようとしない。それとも、それができないのか……。)
 エティはもう一度細身の男を見る。相変わらずこっちを凝視している。しかし、次の瞬間エティはあることに気づいた。
「口が……。口が微かに動いている。」
「口が……?そうか!」
 エティは叫ぶと第五撃をかわし、細身の男に向かってダッシュ!突然の奇襲に驚いている細身の男に切りかかった。
 間一髪!男が身を避けたためエティの狙いは外れ、細身の男の腕を傷つけただけに終わった。リベルは動きを止めて、死体に戻る。
「やはり、呪文で操ってたのか。」
「よく、私が呪文を唱えてたことが分かりましたね。あの戦いの中で見事なものです。」
「能書はいい、俺の体を元に戻せ!それとももっと痛い目に会いたいか?」
「それはできない相談ですね。一度離れた魂を元に戻すことなど、神でもない限り無理というものです。それに……。」
「それに?」
「私もこれ以上、痛い目に会いたくないのです。今回は退散させてもらいますよ。」
 と言うと、細身の男は幽霊のようにスーット消えていった。
「まっ、待ちやがれ!」
「また後日、怪我が直ったらお会いしましょう。もちろん逃げても無駄ですよ。私の部下が見張っているのをお忘れなく。」
 呆然としているエティの前に、細身の男の声が町の空に響いた。しばらくして……、
「さて、これからどうしようか?」
 エティが第一声を放った。
「姫様をどこかで休ませないとな。」
「起こしてあげれば?」
「魔法で眠らされているのなら無理に起こすのは危険だ。自然に起きるのを待とう。」
「フーン。ところで、あの死体どうする?」
「あのままにしておくしかないだろう。人を呼んだら姫様の素性がばれるかもしれん。」
「あんな重いもの運べそうにないしね。」
「スマートな体だと思ってたんだがな。」
「………………。姫様のことだけど。」
「そうだな。何かいい方法が……。」
「私の実家でお気に召すかな……。」
「お前の実家?」
「私の実家、宿屋さんなの。どうせ明日から私はそこの女将さんだから、部屋の都合は幾らでもつけられるわ。それなら、姫様をずっと見てられるでしょう。もちろん、姫様がお気に召せばだけどね。」
「いや、それはありがたい。そうさせてくれ。もちろんお礼は十分するつもりだ……。」
「お礼なんていいって。暇な生活に刺激を求めたいだけなんだから。さて、姫様を運ばないと……。結局、私が運ぶしかないのか。」
「すまない、俺がこんな体でなければ。」
「こんな体とは失礼ね!……この娘結構重いわ。いったい何食べさせてたの?」
 エティは姫様をおぶいさり、自分の家へと歩き始めたのだった。

「試験合格者はこれでよろしいですかな?」
「まあ、こんなものでしょう。今回もとりたてて、目だった奴はいなかったけど。」
「そういえば、一人面白い娘がいたな。」
「突然、一人演劇始めた娘だろう。結構、真に迫った感じがしたけどな。」
「あんな娘がアドリブ始めると面白いんだ。逆に劇が目茶苦茶になることもあるけど。」
「どうだい、あの娘も入団させてみては。」
「でもなあ、遅刻した上に早退してるんだろう?大丈夫かね。」
「あんまりそれが激しいようなら、首にすりゃいいさ。どうですジルさん?」
「そうだな……。」
 と、温和な顔の男はニヤリと笑う。「たまには変わり種を入れても面白いだろう。」
「それじゃ、この娘も合格ということで。」
 と一人が言うと、そこにいた全員が頷く。
「エティ・フォスター、入団決定。」

(女優志望の剣士様・終わり)










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