よいこのための物知り講座
「……かかりませんね」
「かからんな」
「本当に大丈夫なんですか?」
「何がだね?」
「ですから、本当にこんな罠で……」
「こんな罠と馬鹿にしてはいけない。古来から罠の代表と言えば、落とし穴と相場が決まっておるではないか」
「そりゃまあ、代表と言えばその通りなんですけど。だけど、こんな見え見えの落とし穴にドラゴンが引っかかるとは……」
「安心しろ。この罠には実績がある」
「実績……ですか?」
「うむ。今までに猫を十匹、犬を七匹、人間を二匹……」
「人間まで落としたんですか?」
「まあな。しかし、それは向こうが勝手に落ちただけのこと。いわゆる外道だ」
「外道で済まされる問題じゃないでしょう」
「とにかく、そう言う訳で。私の仕掛けた罠は完璧だ」
「でもドラゴンが、犬や猫のように簡単にいくとは……」
「人間もだ」
「人間だって同じですよ」
「同じではない。人間の知能は犬や猫とは比較にならぬ。それを引っかけてしまう、この落とし穴の素晴らしさ」
「ドラゴンは翼を持ってるんですよ。落とし穴は意味が無いような……」
「ごちゃごちゃうるさい奴だ。だいたいお前が、見たこともないドラゴンを憶測で勝手に書いて良いのかなどと言うから……」
「確かにそう言いましたけど。まさか、本物を見るなんて言い出すとは……」
「何を当たり前のことを。憶測で書けぬ以上、本物を見る以外方法がないではないか」
「しかし罠を張って、すでに三日ですよ。原稿の〆切は今日なのに……もういい加減に諦めて原稿に取りかかって下さいよ」
「本物を見ずに書けと言うのか?貴様、言ってることが矛盾しているぞ!」
「書いてくれれば、どうでもいいんです。とにかく、〆切を守ってもらわないと……」
「どうでもいいだと?貴様、私の書くものはどうでもいいと思っているのか!」
「そ、それは言葉のアヤでして……ですからその……」
「待て」
「えっ?」
「何か罠に引っかかったようだ」
「本当ですか?もしかしてドラゴンが?」
「その可能性は高い。早速覗いてみよう」
「そ、そうですね」
「どうやら中で暴れてるようだな。元気があっていいことだ……何!こっ、これは……」
「どうしたんですか?あっ、こいつは……」
「間違いない。これは紛れもなく正真正銘の……ゴブリンだ」
「よいこのみんな!元気にしてたかな?……そう、それは良かった」
男の子が満足げにうなずく。「よいこのための物知り講座始まるよ!僕はこの講座のアシスタントのナン太郎。そして、もう一人」
男の子は、隣の女の子に顔を向ける。
「アシスタントのハテ奈です。よろしくね」
女の子はにっこり微笑んだ。
「じゃあ早速だけど、今月のテーマを見てみよう。ハテ奈ちゃん」
「ハイ」
ハテ奈ちゃんは後ろにあるボードに張ってあった紙を剥がす。「今月はこれよ」
「では、みんなで読んでみよう。そう……ドラゴン!今月はドラゴンについてみんなで勉強しようということだね」
「ド、ドラゴンをやるの?」
「どうしたの?ハテ奈ちゃん?」
「私、ドラゴンって凶暴なイメージしか持ってないの。なんだか恐い……」
「大丈夫だよハテ奈ちゃん。ドラゴンはそんなに恐い生き物じゃないんだ」
「本当に?」
「本当さ。その話をするために、今日は偉い博士がみんなに会いに来てくれたんだ」
「なんかドキドキしちゃう!」
「みんな拍手で迎えてね!」
「ここまで書き終わっていたか」
「どうします先生。もう罠を張り直す時間はありませんよ」
「……仕方がない。テーマを変えよう」
「ゴブリン研究家の第一人者。ドクター・ゴブリン!お入り下さい!」
「やー、どうもどうも。私がゴブリン研究家。ドクター・ゴブリンだ」
「今日は、みんなから届いた質問に答えてもらうんですが……」
「どんどん訊きたまえ」
「それでは一枚目のお葉書……」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「どうしたの?ハテ奈ちゃん」
「どうしたもこうしたも……なんで、ドラゴンがテーマなのに、ゴブリン研究家が出てくるのよ」
「えっ?ドラゴンがテーマ?今月のテーマはゴブリンだよ。おかしなハテ奈ちゃんだな」
「それはこっちのセリフよ!このボードに書かれてる文字が……あ、あれ?」
「ボードにもゴブリンって書いてあるじゃないか。全く、ドラゴンなんてどこからそんな単語が……」
「だって、さっきまでは確かに……うっ!突然頭が……」
「さて、ハテ奈ちゃんも、納得してくれたみたいだし、博士にみんなからの質問を聞いてもらおう」
ナン太郎君は一枚の葉書を取り出すと、声を出して読みだした。「ナン太郎君。ハテ奈ちゃん。博士こんにちは。毎日楽しく読んでます。早速ですが質問です。ドラゴンのお家はどこですか?という質問なんですが」
「困ったな。私はゴブリン研究家であって、ドラゴン研究家じゃないからな」
博士は困った顔を見せる。「そうだ、かわりにゴブリンの住んでる所に案内しよう」
「ゴブリンのお家か。面白そうだな」
「わ、私も興味ある」
「やあ、ハテ奈ちゃん。復活したんだね」
「まあね。まだ、少し頭が痛いけど……」
「じゃあ、ハテ奈ちゃんも一緒に、レッツゴーワープ!」
「まずいんじゃないんですか?」
「何がだね?」
「ドラゴンがテーマだとすでに予告しているのに、勝手にテーマを変えて……」
「どうでもいいと言ったのは君だ。私も、どうでもいいようにやらしてもらう」
「……分かりましたよ。ところで、ゴブリンの住んでいる所なんて知ってるんですか?」
「その点は大丈夫。私はゴブリンの巣に何度か行ったことがある。安心したまえ」
「フーン。ここがゴブリンのお家ね」
「ただの洞窟にしか見えませんけど……」
「ナン太郎君の言う通り。ただの洞窟だ」
「えっ?じゃあ、ゴブリンはただの洞窟が家なんですか?」
「そうだ。ナン太郎君は、違うと思っていたのか?」
「洞窟の奥は機械仕掛けの秘密基地みたいになっていると思ってました。だって、ゴブリンって悪の組織の一員みたいだし……」
「ゴブリンにそんな知能はない。それは奥に入って見てみれば分かることだ」
「それじゃ行きます。レッツゴーワープ」
「きゃっ!真暗で何も見えない!」
「ハハハ、驚くことはないよハテ奈ちゃん。洞窟の奥は光の届かない闇の世界。真暗なのは当たり前だ」
「どうしようか。これじゃ、みんなに見せられないよ」
「じゃあ、特別に明かりを灯してみよう」
博士が言うと、洞窟の中が明るくなった。
「わー!すご……くないわね。あんまり」
ハテ奈ちゃんは拍子抜けた顔をする。「藁が敷いてある以外、何にもないわ」
「これは、平均的なゴブリンの家庭だな。この洞窟には、十匹のゴブリンが住んでおる」
「こんなところに十匹も!」
「これ位で驚いてはいかんな。文献によれば、この規模の洞窟に、三十匹のゴブリンがひしめきあってたという記録も残っておる」
「三十匹!想像もつかないや」
「博士、このゴブリン達は普段どんな生活を送ってるの?」
ハテ奈ちゃんが質問する。
「彼らは夜行性といって、夜になると活発に動き回る怪物だ。だから、昼間はこうやってゴロゴロ寝ておるだけなのだ」
「夜になったら?」
「普通は食事をとるために、近くの森なんかで狩りをしていたりする。また、近くに村なんかあると、畑を荒らしたり、ニワトリ小屋を襲ったりなんかもしておる」
「なるほど。だから、ゴブリンは人間に嫌われているんだね」
「その通り。私達人間にとって、ゴブリンは害虫以外の何ものでもない。見つけしだい駆除する必要があるのだ」
「そうか。それじゃ、ここにいるゴブリン達もさっさと退治したほうがいいね」
「そう思って、今日は腕の立つ戦士を連れてきておる。いでよ、腕の立つ戦士!」
博士が振りかぶると、突然剣を持った戦士が現れる。「ここにいるゴブリン達を皆殺しにするのだ」
「オッケー。任せときな」
戦士は爽やかな笑みを見せると、ゴブリン達に切りかかっていった。寝込みを襲われたゴブリン達は、瞬く間に死体の山へと変わって行く……
「みんなもゴブリンを見かけたら、腕の立つ戦士に駆除してもらおうね」
ナン太郎君は、にこやかな笑みで言ったのだった。
「ちょっとこれはいくらなんでも、まずいんじゃないんですか?」
「さっきから、まずいまずいとうるさいな。今度はいったい何がまずいんだね」
「この虐殺シーンですよ。仮にも子供が読む雑誌ですよ。あまり過激なものは……」
「いいんだよ。山奥の村では本当にやってることだ。ゴブリン見かけたら。村人総出で壊滅させる。子供でも知ってる常識だ」
「そんな常識、普通の人は知りませんよ。こんなの載せたら親から苦情が殺到します!」
「分かった分かった。フォローすればいいんだろう。フォローすれば」
「本当にお願いしますよ」
「ゴブリン退治は大人の仕事なのだ。みんなはマネしてはいかんぞ」
博士は人差指を立てながら言った。
「博士。次の質問に行っていいですか?」
「行ってくれ」
「じゃあ、今度はハテ奈ちゃんが読みます」
「物知り講座のみなさんこんにちは。私は最近、お父さんに動物図鑑を買ってもらったのですが、ドラゴンが全く載っていませんでした。どうしてですか?それと、ドラゴンにはどんな種類がいるか教えて下さい」
ハテ奈ちゃんは、考えこむようなかっこうを見せる。「また、ドラゴンに関する質問ですね、いったいどうしてドラゴンの質問ばかり……うっ!また頭が……」
「博士、ドラゴンが動物図鑑に載ってないということですが……」
「これは、私でも答えられる質問だな。実はドラゴンは動物ではないのだ」
「動物じゃないんですか」
「ドラゴンもそうだが、ゴブリンなんかも動物じゃない。これらは一般に怪物と呼ばれているものなのだ」
「怪物と言いますと……」
「モンスターと言ったほうが分かりやすいな。みんなが知っているところでは、ドラキュラ、オオカミ男、フランケンってところだ。怪物図鑑にはドラゴンやゴブリンのことが載っていると思うが」
「か……怪物と動物はどこが違うの?」
かすれた声でハテ奈ちゃんが言った。
「……ハテ奈ちゃん、立ち直りが早いね」
「大きなお世話よ。それより私の質問……」
「確かに、怪物と動物は見分けがつけにくいな。どっちも知能を持ってるし、物を食べたり、出したりする。刃物で切りつければ血も噴き出すし、傷が深ければ死んでしまう。外見上での区別はまず出来ない」
「じゃあ、どこで区別するの?」
「では、さっきの洞窟に戻ってみよう」
「それじゃ行くよ。レッツゴーワープ!……あれ?随分と静かですね」
「ゴブリン退治が終わったのだ」
「あら?ゴブリンの死体がないわ」
「本当だ……あっ!さっきの戦士さんがいる。戦士さーん」
「おう、君たちか。無事終わったよ」
「ご苦労様。ところで、ゴブリン達の死体が見当たらないんですけど……」
「ああ、ゴブリン達なら泡になって、消えちまったよ」
「消えた?どこに?」
「さあな。ゴブリンの死体がどうなるかなんて知りたくもねえや」
「博士……これは」
「これが、動物と怪物の違いだ。普通、犬や猫、もちろん私達人間は死んでも体は残る。でも、怪物は死ぬと何も残らないんだ」
「なんで何も残らないの?」
「残念だが、実はまだ詳しくは解明されてないんだ。ただ、これが怪物と動物の大きな違いとだけは言えることは確かだ」
「本当に解明されてないんですか?」
「ハテ奈ちゃん。しつこいよ」
「だって、この博士。表面ばっかりで、理論的なことって全然言ってないんだもん。もしかして、博士が知らないだけじゃ……うっ!また頭が……」
「このー!小娘の分際で」
「先生!先生!落ち着いて下さい!」
「これが落ち着いてられるか!こいつ、アシスタントのくせして、私を無知呼ばわりしたんだぞ!」
「だからって、突然頭を痛くさせないで下さいよ。三回もやると、笑えませんよ」
「し、しかしだな」
「そんなに頭に来るんなら、言わせなきゃ良いじゃないですか」
「そんなこと出来る訳ないだろう」
「出来る訳ないって……」
「こいつはすでに独り歩きしているキャラクターだ。キャラクターの人格を崩すような真似は出きん」
「……変な所でガンコなんですね」
「変な所とは何だ?変な所とは」
「誉め言葉ですよ。それより続きを……」
「そうだったな」
「あと、ドラゴンにはどんな種類がいるのかという質問ですが」
「私はドラゴン研究家ではないので詳しいことは知らぬ」
「では、ゴブリンの種類を教えて下さい」
「ゴブリンなら任せなさい。一口にゴブリンと言っても、色々ある」
「例えばどんな?」
「まず、単なるゴブリン。褐色肌の小鬼といった感じの怪物だ。知能は人間の子供並」
「さっき、洞窟で見たのがそうですね」
「その通り。そして、炎を吐くファイヤーゴブリン、水中に棲んでいるアクアゴブリン、岩の肌を持つロックゴブリン、翼を持ったスカイゴブリンなどがいる」
「みんな聞いたことないんですが……本当にこんなのいるんですか?」
「たぶん大丈夫だと思う」
「たぶんって……先生!これは物知り講座なんですよ!いい加減なことは……」
「大丈夫だ!いざとなったらキメラ研究をしてる友人に作ってもらうから、安心しろ!」
「はあ……そこまで言うんでしたら。あっ!そう言えば、ホブゴブリンが抜けてますよ」
「ホブ……?それもゴブリンなのかね?」
「ええ、確かそんなのを聞いた覚えが」
「分かった。それも加えよう」
「あと、ホブゴブリンもゴブリンの仲間だと言われている」
「は、博士……」
「なんだい、ハテ奈ちゃん。青い顔をして」
「ちょっと調子が……それより質問が……」
「何でも訊きたまえ」
「火を吐くからファイヤーゴブリン、岩肌を持ってるからロックゴブリンなんですよね」
「その通りだ」
「ホブゴブリンのホブって何ですか?」
「……ナン太郎君。次の質問だ」
「博士!」
「ハテ奈ちゃん。君は病気だ。少し休んだほうがいい」
「僕も博士の意見に賛成だ」
「ナン太郎君まで……」
「おーい、さっきの戦士さーん」
「おう!何の用だ?」
「ハテ奈ちゃんを休憩室へ」
「分かった。さあ、ハテ奈ちゃん休憩室へ行こうね」
「いやー!離して!」
「さて、邪魔者……もといハテ奈ちゃんのことは一時忘れて、次の質問に行きます」
「もう、ドラゴンは勘弁してくれよ」
「そうですね。では……僕は最近、カエルの解剖をしました。カエルの体の中には色々な物が詰まっていて、とても面白かったです。ところでド……ゴブリンにも色々な物が詰まっているのですか?」
「ふむ。良い質問だね。もちろん、ゴブリンも生き物だ。色々な器官が体の中に詰まっていて、それぞれが重要な働きをしている」
「生き物はみんなそうなんですか?」
「その通り。百聞は一見にしかず。今回は、ゴブリンの体を解剖してみよう」
「ちょっと待って下さいよ!まさか、このゴブリンを解剖する気ですか?」
「そうだ。そうでなきゃ、何でこんな苦労してまで、ゴブリンを捕まえる必要がある?」
「だって、最初はドラゴンを捕まえるつもりだったんでしょう?」
「まあ確かにそうだが、どっちにしろ解剖しようとは思っていたのだ」
「ドラゴンを解剖するつもりだったとは……私は先生の考えは理解できませんよ」
「君に理解してもらう必要はない。ふむ、だいぶ暴れ疲れたようだな。しかも、もともとこいつは夜行性。うまく縄で縛り付ければ生きたまま解剖できそうだ」
「……もう、どうでもいいです。とにかく、さっさと済ませて、さっさと原稿書き上げちゃって下さいよ」
「そうして欲しいなら手伝え。一人でやってたら手間がかかるだろうが」
「はいはい。こいつを引き摺り出せばいいんですね」
「あれは何だ?」
「……どうしたんですか先生?」
「あれだよあれ!上を見ろ!」
「上ですか?上を見ても見えるは空と雲ばかり……あれ?何だろう?あの黒い塊は?だんだん大きくなってなってきて……なんか大きな鳥のようですね……いや、鳥にしては尻尾が長いような……あれはもしかして!」
「ドラゴンだ!こっちに向かってくるぞ!」
「ドラゴンって先生!なんで今頃!」
「私が知るか!うわっ!なんて大きさだ!家一軒分はあるぞ!」
「ドラゴンって、こんなに大きいんですね」
「私もせいぜい犬くらいだと思っていたが、これは大発見だ……あれ?通り過ぎてくぞ」
「本当だ。我々には目もくれずに向こうの岩山へ……見えなくなりましたね」
「どうやら、たまたま我々の上を通りかかっただけのようだな。ちっ!降りてきたら私が捕まえたものを」
「よかった……降りてこなくて。それより解剖するなら早くやっちゃって下さいよ」
「ああ、そうだったな。では、落とし穴からゴブリンを引き摺り出してくれ」
「とっくに引き摺り出しましたよ」
「おお、そうかそれはご苦労。で、ゴブリンはどこだ?」
「どこって、さっきあそこに……あれ?」
「いないじゃないか」
「ですが、さっきまで……まさか!」
「まさか、どうした?」
「どうやら、逃げたみたいです。私達がドラゴンに見とれている間に」
「なっ……何だと!どうしてくれるんだ、既に解剖するって書いてしまったんだぞ!」
「そ、そんなこと言われても。書き直せば良いじゃないですか」
「私は書き直しは嫌いだ!」
「そんなこと言わずに……」
「くどい、書き直しはせん!」
「しかし、それならどうするつもりです?」
「仕方あるまい。最後の手段を使おう」
「前、話してたあれですか?」
「そう、あれだ」
「では早速解剖を……」
「そうは行かないわよ!」
「だ、誰だ!」
「例え、人間にとっては害虫以外の何ものでもない生き物でも、人間のエゴや探求心だけで殺されて良いはずはないわ。物知り講座アシスタントとして、そんな非道をよいこのみんなに見せる訳には行かない!」
ハテ奈ちゃんは、そう言うと二人をビッと指さした。
「ハ、ハテ奈ちゃん。どうしてここに?腕の立つ戦士さんは……」
「休憩室で、休憩してもらってるわ。文字通りにね。私を休憩させるにはもっと腕の立つ戦士を用意しなさい!」
「うぬぬ……小娘の分際で、いつまでも私に楯突きおって。それなら望み通りにしてくれる。いでよもっと腕の立つ戦士!」
博士が大きく振りかぶる。しかし……
「……どうしたことだ。なぜ、もっと腕の立つ戦士が現れない?」
「それはね」
ハテ奈ちゃんは鼻を鳴らす。「あなたが、よいこを導ける存在でなくなったからよ!」
「な……何だと?」
「ドクター・ゴブリン。あなたの出る幕はもうないわ。さっさとここから失せなさい!」
「アシスタントごときに、出てけ呼ばわりされて引き下がれるか!私が貴様を追い出してやる」
「やれるもんならやってみなさい!」
「減らず口もそこまでだ。覚悟!……うっ!突然頭が……」
「今がチャンスよナン太郎君!」
「えっ?チャンスって、ハテ奈ちゃん……」
「あなたが持ってる光の剣でとどめを!」
「光の剣?あっ!いつのまに僕の手に……」
「ナン太郎君はドクター・ゴブリンに操られていたのよ。呪力が弱まってる今なら、ドクター・ゴブリンに逆らえるはず……」
「そうか、僕は操られていたのか……」
「ナン太郎君!貴様……まさか……」
「か……覚悟しろ!ドクター・ゴブリン」
ナン太郎君は光の剣を振り下ろすと、ドクター・ゴブリンの断末魔が響き渡った。「やったよハテ奈ちゃん!悪は滅びたんだ」
「……何ですかこれ?」
「不服かね?」
「不服って……これはよいこのための物知り講座であって、どこかのヒーロー活劇じゃないんですよ」
「この方が子供に受けると思ったのだが」
「それに、何ですかこの光の剣ってのは。あまりに脈絡がなさ過ぎます」
「いやいや、この脈絡のなさからくる裏設定というものが……」
「だからこれは物知り講座であって、裏設定が必要な物じゃないんですってば!」
「話の奥深い、物知り講座っていうのも斬新だと思うのだが」
「先生……うちの雑誌は、親が安心して子供に見せられる本として作っているんです。ですから、もう少し普通にまとめて下さいよ。頼みますから」
「だが、〆切は過ぎてしまったんだろう?」
「特別にあと一日待ちます。ですから……」
「わかった。やるだけやってみよう」
「という訳で……今回は、ドクター・ゴブリンの陰謀の為に、みんなの質問にちゃんと答えられませんでした。ごめんなさい」
ハテ奈ちゃんは深々と頭を下げた。「来月は、ちゃんとした博士を呼ぶから、みんなも安心して質問をどしどし送ってね」
「ハテ奈ちゃん、まだ来月のテーマを言ってないよ。テーマが分からなきゃみんなも質問できないじゃないか」
「いっけない!私ったらウッカリしてて」
「ハテ奈ちゃんはあわてんぼうだな」
ナン太郎君は軽く笑った。
「えーと、来月のテーマはエルフね……ねえ、ナン太郎君」
「なんだい?ハテ奈ちゃん」
「エルフって何?」
「ハテ奈ちゃん、先月もドラゴンって何?とか訊かなかったかい?」
「それは……その……」
「エルフというのは……そうだ!」
「どうしたのナン太郎君?」
「ハテ奈ちゃん、それをハテ奈ちゃんの来月までの宿題にしよう」
「えーっ!宿題?」
「エルフとはどんなものか?ハテ奈ちゃんなりに解釈してくること」
「なんか面倒臭いな……」
「自分なりに調べることも、アシスタントの仕事だよ」
「……分かった。来月までに調べてくるわ」
「がんばって!ハテ奈ちゃん。みんなもハテ奈ちゃんみたいに、自分で調べてみると面白いと思うよ」
「みんなで勉強して、今度来る博士をいっぱい困らせちゃおうね」
「ハテ奈ちゃんの言う通りだ」
ナン太郎君は大きくうなずいた。「今回はこれでお別れだけど、来月なんてあっという間のこと、それまでみんな元気でね」
「それではこれで、よいこのための物知り講座を閉講します」
ハテ奈ちゃんがそう言うと、二人で笑顔のまま大きく手を振った。
『来月までバイバイ!』
(よいこのための物知り講座・終わり)
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